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2007年3月10日 (土)

豆腐の味

 家族の用で出かけた先で、小さな個人経営の豆腐屋をみつけた。買い物はスーパーマーケットばかりなので、豆腐屋さんで豆腐を買うことは滅多にない。10年ぶりか、20年ぶりかもうわからないくらい昔に買ったことがあるくらいで、懐かしいというより、「まだこういうお店はあるんだ」と思う方が自然だった。手作りなのだから、きっとおいしいに違いないと信じ、お店に入った。

 ちょうど昼時で、店内には誰の姿もない。ざるや大きなボウル、豆腐作りの器械が分解されて洗われ、さっぱりと店内に積み上げられていた。売り物の豆腐は、浴槽くらいの大きな入れ物の底にゆらゆらと気持ちよさそうに横たわっている。豆腐泥棒なんていないのかなと思いながら、「すみませーん」と声をかけた。2度呼んだところで、「はいはい」と声がし、年配の男性が白い作業着で現れた。たぶん、この方が作っているのだろう。「絹一丁、厚揚げ一丁、油揚げ2枚お願いします」と注文の品を告げた。おじさんは、丁寧に豆腐をすくい、プラスチックのパックに移し、水気を切る。そしてビニール袋に移し、口を縛る。この作業を3回繰り返し、商品をととのえた。単価はせいぜい100円ちょっとなのに、ずいぶんと手間がかかるのだなあとあらためて思った。いくらになるかなと思って暗算しようとしたが、おじさんのほうが数段早かった。「315円です」。

 たかが豆腐なのに、夕食がとても楽しみなものになった。冷奴が豆腐の味を試すには最適だと思ったけれど、温かくして食べたかったので揚げ出し豆腐にした。あと、厚揚げは焼いてネギと生姜で楽しむことにした。

 さて、お楽しみの食事。まず、揚げ出し豆腐からだ。「どう?」とたずねても夫は何も言わない。「口当たりはいいんだケド」。厚揚げも同じ様子だ。どういうことだろうと思って手を伸ばして食べてみると、うーむ、素朴というか、期待したようなうまさがない。でも、何か懐かしいような風味。昔昔に食べたような…。はっきり言って、すぐおいしいとわかる味ではなかった。でも、食べているうちに、この物足らなさは、旨味調味料などが加わっていない素朴な味わいの特長ではないかしらと思えてきた。

 ふだん、何も疑問を感じずにスーパーマーケットで豆腐を買って食べているけれど、もしかしたら、いつも食べる量産タイプの豆腐には、旨味調味料などの添加物が入っていて、それで食べるとすぐうまいと感じる味に仕上がっている気がしてきた。確証はないが、余計なものを添加していない食品は、最初は無愛想な味わいだけれども、2~3回食べてみると、徐々にわかってくるおいしさの本質を備えているような気がする。昨年、手打ちそばと、その主人が何年もかけて工夫したというつゆを味わったときにそれを強く感じた。特につゆに驚いたのだ。それを初めて食べたときは、何かもの足らず、なんて可愛げのないつゆなのだろうと思ったものだ。甘味か何か、何かが物足りないと思った。でも、次に食べたら、「あっ、これおいしい」とすぐわかった。確かに同じものなのに。物足らないように思えたところが、逆に、余分なものの混じっていないすっきりした味、媚びのない味として理解できた。ご主人に言うと、「そばを食べ慣れない人には好まれないつゆなんです。食べつけている人には、とても好評なんですが」とのことだった。

 ふだん旨味調味料に慣らされていると、同系統の味はすぐうまいと感じるけれど、旨味調味料の加わっていない食べ物には、旨味が足りない、おいしくないと感じてしまうのだろうか。あの豆腐、あと2、3回は食べてみないと、ほんとのところ、まだわからない。自分の舌がどう感じるか、次回が楽しみだ。

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