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2009年6月 2日 (火)

荷物を運ぶということ

海外に送る小包を郵便局に持って行ったら、いつも2000円かからない送料が、5000円を超えると言われギョッとしました。理由を聞くと、荷物の重量が2キロを140グラム越えたため。2キロを境に、送料がグンと上がるのでした。

あと140グラムゥ?!?!?!weepと、しばし呆然とする私に、局員の方は、「中身をいま減らしますか?」と声をかけてくれました。

持って帰っても、ギリギリ2キロを量るのはたぶん難しいし、幸い他のお客さんがいなかったので、お言葉に甘え、開封して軽そうなものから取り出しては計ってもらい、最終的に1970グラムの荷物にまとめることができました。傍目にはちょっとみっともないんだろうなあと思いましたが、小さな郵便局ゆえ、顔なじみの局員の人ゆえ、まあいっか。

顔なじみといえば、

義母は野菜をよく送ってくれるのですが、いつも宅配を利用します。担当の人がとても親切なのよとよく聞いておりました。

先日は、約束の集荷の時間になって宅配屋さんが来たとき、まだ荷物がまとまっておらず、結局、宅配屋さんに手伝ってもらい、野菜を詰めたとのこと。

次の仕事のこともあったでしょう。お客さんだからということもありますが、老夫婦だけの世帯に、宅配屋さんや生協の配達の方は、何かと親切でとても助かるのだそうです。

高齢になれば、これまでラクに持てたはずのものが運べなくなるし、動きも鈍くなります。だからこそ宅配を使ったり、荷物を運んだりしてもらうわけで、そこに関わる人たちは、仕事といえど、高齢者の生活を支えることに関わっているわけです。

かつて宅配が登場し、冷蔵品が送れるようになって流通革命などと言われたころ、日本中のレストランや寿司店の商売の仕方が変わるなあと思ったものですが、いまは、宅配は生活スタイルを変えました。このインフルエンザでも、一般の人が外を出歩けなくなっても、宅配業者はその分、荷物を運ぶことになるんだろうなと思ったら、案の定、ニュースになってましたね。生活を支えることを越えて、時として、命がけの仕事にまでなってしまうのかしらん

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