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2011年6月29日 (水)

お世話になっている日本料理の先生から、面白いものを見せてもらいました。

昭和天皇が即位したときの料理を作った料理人名簿。宮内庁には御用達の調理師会があり、そこのいろんな支部から腕を見込まれて派遣されてきたようですが、人数が100人以上。開催したのは、即位してから3年後だったかな、昭和3年だったようでした。

人数が多いことももちろん驚きでしたが、一番驚いたのは、現場を仕切る板長の若さ。35歳と記録されていたと思います。いまの時代、現場を仕切るとなったら、40代、50代ですよね。

どうしてこんなに若いのでしょうと質問したら、当時は小学校を卒業して料理の道に入るのが当然だったから、30代となれば、すでに20年もの経験を積んでいて、技術的にはいまと比べ物にならない高さだったからじゃないかということでした。人間性がどう鍛えられていたかはわからないのですけれど、たぶん、技術的にトップの人が現場を仕切り、たぶん、その裏で年配の人がいろいろとフォローしたんじゃないかと思います。

その名簿には、欄外に甲乙丙の評価とともに、「酒癖悪」「良」「盗み癖あり」など小さい文字で書かれているのが印象的でした。これ見たら、きっと想像力たくましい人は、何かストーリーを作り出すのではないかしら。

いま、料理の世界では、高卒、専門学校卒が当たり前で、大卒っていう人もいる。そうなると、残念ながら手先の器用さは期待できないということでした。中学生の頃、高校生の頃に基礎を叩き込まれているのといないのとでは、どうしようもない差で、埋められないのだそうです。そういう意味では、早くから現場に入って欲しいと、先生はおっしゃっていました。

また、知り合いの医大の脳外科の先生の意見では、医者、特に外科の医者になるのなら、細かい知識をあれこれ覚え、実習に時間をかけ、30歳近くになってやっと一人前というより、職人を鍛えるように手先の技術に特化した教育の方が、はるかに効率的で、はるかに確かな技術を持った医者を育てられるのにとのこと。知識や道具は、それ担当の看護師や技術者に任せればよく、手術担当者は、ひたすら指先や道具使いの技術に力を発揮すればいいというご意見。

今回の震災で、いろいろな工場が被災し、漁師が被災し、さまざまな技術が脈々と伝わっている様子と、それが同時に途切れそうな様子とに、大学行けばいいんじゃないんだなぁと思ってしまいます。適材適所とともに、10代で得る実際的な技術の意味を見直さないと。

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