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2014年8月20日 (水)

「野菜を喰らう」

食材の小売を支える市場のストーリーには、テーマそのままだけで活気があって、面白いものだ。西洋野菜とも呼ぶ“洋菜”を中心に、築地で野菜を商う伝説の店主のエピソードとともに野菜を紹介したこの「野菜を喰らう」、もっと早く読めばよかったと後悔を感じた、エネルギーがあふれる一冊だった。

伝説の店主は、洋菜にこだわった築地「大祐」の大木健二氏。もう亡くなった方だが、大正5年に生まれ。15歳で野菜問屋に奉公に出て、激動期の昭和を生きた彼の行動力と人間力を、野菜の歴史をからめながら紹介する。図鑑のようでありながら、野菜を扱う仕事を貫いた、人間力をみせつける面もある。

新種の野菜を普及させるために、国をまたがって探し、トラブル満載で仕入れ、生産者を訪ねて生産を依頼し、料理人には使い方を教える。たくさんの生産者や料理人を育てた人でもあった。身近に感じる野菜たちが、大木氏の情熱によってどれだけ早く広く根付いたかを思わずにいられない。

ひとり熱いだけでなく、「大祐」の経営者の持丸倉吉氏は彼のやり方を見守り、「ホテルオークラ」の小野正吉氏は料理のプロとして遠慮なく注文を出し、調理技術も披露する。さまざまな人の深い懐によって、大木氏がやりたいことにどんどん突進して道を切り開いていくのは、気持ちがよい。

職人気質の人を相手に、さまざまな苦労があっただろうということは行間からじわじわとにじみ出ている。それと同時に、彼から影響を受けて、成長していった生産者や料理人がたくさんいて、いまもその遺伝子が引き継がれているに違いないことも。

彼によって、刺身にパセリのつまや大根や人参のけんが広まったとは知らなかった。ずっと、なぜ、日本料理のお造りのつまは、大根や人参ばかりなのか知りたかった。まさか野菜を売るための仕掛け人である大木氏の知恵だったとは。やられました!

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