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2015年2月

2015年2月26日 (木)

あっぱれな体力

前回の、ハムスターのカテゴリーでは、“ハムケツ”をテーマにしたんだっけ…

あんなのどかな記事とは真逆の状況がしばし続き、愛ハムの5代目が星になった。気が付けば、2年と4ヶ月を一緒に過ごしていた。具合がよくないなと気づいてからたった4日のことだ。お店で出会ったときはたぶん生後1~2ヶ月だっただろうから、だいたい2年半。じゅうぶん一緒に過ごしたと思う。

ハムスターの寿命は3年以内と、もともと短いだけでなく、具合が悪くなってからの悪化の仕方が、本当に早い。

これまで育ててきたメモを見ると、もう長くないな、一週間持つだろうかと考え始めてから数日だ。3~4日。その間奇跡が起きないかと願うけれど、叶うことはないのだろう。

今回のハム君は、来た当初から、元気さに驚かされる子で、最期の最期まで、体力があったことが印象的だった。星になる前日まで、ヨロヨロしながらもケージの中をゆったりと散歩し、逃げ出すような気配さえあった。たいていの子は、徐々に食欲が衰え、痩せていってしまい、最低限の動きしかできないが、この子は違った。体つきも、丸々したままで、毛のツヤもよかった。なきがらを手のひらにのせたとき、毛がふさふさしていて、まだ生きられたかもしれないと思えて悲しくなった。

よく食べ、特にキャベツやもやし、サラダ菜、大根葉といった野菜を毎日手のひら一杯分あげていた。捕食される側の生き物は、弱みをかなりぎりぎりになるまで見せないというけれど、今回のゴールデンはみごとに隠し通し、その通りで、全く食べず、トイレにも行かず、弱っていると感じさせたのが、死んでしまう4日前だった。私が鈍感なだけだったのだろうか。

かつていたジャンガリアンは、徐々に衰えていく体力に合わせて、住みかのレイアウトを変え、段差をなくし、少しでも心地よいようにと毎日様子を見て、数ヶ月かけて衰えていったのに…

性格も、生き様も、旅立ち方も、一匹一匹違う。だからこそかけがえがなく、愛おしい。

2015年2月12日 (木)

鴨そば 塚田農場(西新橋)

ふと訪れた店が、期待以上の味を提供するのは、充実感のあるひそやかな楽しみだ。

今回入ったお店は、西新橋にある塚田農場が経営するそば店。鴨そばを売り物にする、個性的なカテゴリーのそば店で、虎ノ門砂場がすぐソコ。小諸そばも隣じゃないかといったそば店の激戦区。

この店を経営するのは、多彩で個性的な飲食店を何種類もチェーン展開し、食材の調達法や売り方、人材育成にも注目が集まるAPカンパニー。店づくりはおもしろいけれど、でも、そば店の展開はどうなのだろうと思いながらとりあえず入店、注文した次第だ。

カウンター席のみの店、食券は自動販売機。味気ないかなと思いながら、看板の特製鴨そば890円(せいろ)を注文。4人の従業員で、30席ほどの店をさばいていた。

味わってみて、想像以上の味わいに、正直言って驚いた。まぁ、店づくりから、こぎれいな立ち食いそば店のイメージを抱いていたから、ハードルは低かったのだが、そばの香りのよさとボリューム、そして鴨肉のやわらかさは、これまでに食べたことがないタイプで強い印象が残った。

つゆは…カツオだしや醤油の味が充実したものとは言い難かったが、でも、充分だろう。

行った日は、そばは伊吹在来、最上在来と表示があり、手打ちそば店でよく聞く銘柄ではない。手打ちとは掲げていないので、たぶん機械打ちなのだろうけれど、でも、きちんとしている。細めに切ってあり、ボリュームはそこそこあり、女性や大食漢ではない男性ならば満足することだろう。のどごしもよく、香りも伝わってくる。

鴨肉の出し方もよかった。通常は、つゆで軽く煮てあることが多いが、ローストビーフのように中はレアに焼いた鴨肉で、それをスライスして4切れを皿盛りで提供する。その肉を、アツアツに保ったつけ汁にしゃぶしゃぶを泳がせて熱を加えてから味わうという趣向だ。

調べると、この鴨肉は、山形県最上郡に直営鴨舎を設立し、生産しているとのこと。国産鴨の自社生産とは発想がAPカンパニーらしい。昨年5月から雛の飼育を始めたばかりという。

鴨せいろは、たいてい、1500円から2000円くらいはする。それを、1000円以下で、しかもゆで方、水切り、のどごしたちゃんとしたそば、やわらかさに驚く鴨肉で味わえるのだから、CPはなかなかではないかしら。

新そばの次は、冬の気配が近づく頃、鴨せいろを楽しむ私には、楽しみになりそうなそば。

西新橋店は2月末にリニューアルとのことで、この後、商品や価格、そして店展開はどうなるかわからないけれども、増えて欲しいなと思う。

あと、アルバイトだろうか、従業員の若い女性と男性の方が、とてもいっしょうけんめいでにこやかだったのが、ますますお店をいい感じにしていた。

飲食店の仕事は、時間も条件もなかなかよくないだろうけれど、きびきびとにこやかに働く人たちがいるお店だと、持っている以上の味に感じるものだと、歳を重ねて思う。

お客さんたち、せめて、「ごちそうさま」と言ってお店を出ようよ! なんか最近、お店の人の接客がよいのに、お客側の無愛想な態度にイヤな気分になることが多い。

2015年2月10日 (火)

ビストロ集(町田)

この2年ほど、ビストロやバルのといった業態の勢いを感じる。チェーン居酒屋の人気がいま一歩と思ったら、新しい業態で、人々はしっかりお酒を楽しんでいるということか。

そんなことを思い描きながら、ようやく念願のビストロ業態のお店でワインや料理を楽しんだ。

歩いていける距離にないのは残念だけれども、これもよい機会。

お店は、個人の経営だろうか。こじんまりしたビルの2階にあり、席は決して多くはない。

特徴は、ワインの種類の多さだろう。たとえ10種類でもいったい何が何?という私には、数ページにまたがるワインリストは圧巻。う~ん、ワインに詳しい友人を誘うべきだった。

そして、後から知ったことだけれども、チーズの品揃えもかなりのものらしく、食べログなどでは高評価らしい。

ビストロというと、ワイワイ、ガヤガヤ、料理はたっぷりというイメージだったが、この店はぐっと上品。フレンチの店とまではいかないけれども、静かに、おいしいものをじっくり探してゆっくり語りたい人と行くような印象だった。

料理は、決してボリュームがある方ではなかったけど、きちんと丁寧に作られていて、味はよかった。5~6品を注文し、ハズレはなかったのも嬉しい。

もうちょっとフレンチ色が強いのかなと思ったけれども、イタリアンも得意とする様子。料理は少しは知っていると思っていたけれど、聞き慣れない、見慣れない料理ばかりで、不勉強を感じだ。

スタッフは、ワインに詳しくない私や、ビールばかり注文する相方に変わることないにこやかな接客で、気後れさせるようなことがなく、ありがたかった。

ふたりでしっかり食べ、飲んで1万円強。

ワインが好きでじっくり選びたい、料理もおいしいものをゆったりとした雰囲気で味わいたいという友人を連れて行きたい。

2015年2月 5日 (木)

縁会

縁会? 宴会?

ちょっと誤字とも思われかねないこの表現。いま短期間ながら上映中の、
中島みゆきさんの、コンサート映像だ。久々にTV以外で歌う彼女を見た。

かつて、30年くらい前だろうか、コンサートに行った頃は、彼女独特の重い、暗い、その一方でヒョウキンなキャラクターの落差を楽しんでいたけれど、いつの間にか、重くて暗い世界が、ひとまわりもふたまわりも厚みを増して、やさしく人を励ますような包み込む世界に一変してた!

ヒット曲を中心にしながらも、“時代”や“泣きたい夜に”、“化粧”などの古い歌も歌ってくれて、その甘くてやさしい声に、心が包まれちゃったよ。

自分の世界を作り出して人に伝え続け、時には励ましたり、時には怒りを表現していることに、改めて敬意を表したい。

このところ彼女の歌になんか縁があって、“キツネ狩りの歌”が好きという人の話を聞いたり、“ほうせんか”が好きという人がいたり。うん、斉藤和義クンの“蕎麦屋”も、すごくいいし。

いつも思う。歌はタイムマシン。その歌が流れていた、一緒に歌った時代に、さっと瞬間移動してしまう。

そのことが嬉しかったり楽しかったりすることがあれば、反対に、なかなか忘れられない思いを呼び戻して、立ち止まってしまうようなこともある。

けれども、彼女のますます円熟していく大人ぶりを見て、辛いことを自分から掘り下げたりなんかしないで、前を向いて、彼女の世界を楽しまなければもったいない、という気になった。

2015年2月 2日 (月)

存在感のある、一つのある結末

連日のイスラム国のニュースが、最悪の状況を伝えて一つの区切りを告げた。

自己責任を飲み込んで単身で危険な地に赴いた後藤氏。いま、マスコミからは彼を英雄視するような情報や記事が次々と伝えられている。それと同時に、政府の対応や後藤氏自身への批判もあふれ出したかのように文字が躍っている。

私は無力感を強く感じていて、なんか、今日は落ち着かない。

彼の行動は、いくら自己責任であってもどうなのだろうと思ったり、しかし、個人の志を摘み取ることもできないだろうと考えたり。

今年の大河の「花燃ゆ」を見ていて、吉田松陰という人の気持ちの強さ、信念の太さに、ドラマながら関心しているところだけれど、人が、こうしたい、ぜったいこうする、と思う気持ちは、何と強いものだろうと思う。それを持ち続ける人は、いったいどういうきっかけがあったのだろうと思う。

彼は、そんな、信念を持ち得る人のひとりなのかも知れない。

彼の行動や判断は、イスラム国という相手や、日本の立場を関わりを考えるとなんと言っていいのかわからない。でも、自分にはやりたいことがあり、伝えたいことがあるのだという意思があったから、命をかけてまで危険な場所に行ったはず。

それは、もっと、大変な状況にある国に関心を持って、どうしたらよいか考えて欲しい、力を貸して欲しいというメッセージなのだろうか。

ご冥福を祈ります。

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