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2015年6月16日 (火)

スーパーへのクレーム

袋買いしたキュウリが、切ってみると5本全部中が白い。要は古くてボクボクしていて、とても使う気になれない。
ハラが立った。
どうしてこんな古いキュウリを売るんだろう。
あの、たくさん売っていた袋売りのキュウリは全部おかしいもので、私だけじゃなく、他の人も怒ってクレームの電話が相次いでいるのではないだろうか。

そんなことが思い浮かんだけれど、そのスーパーではこれが初めてだったことと、野菜一袋でいちいちめくじら立てているのも大人気がなく思い、スーパーがちょっと遠かったこともあって、どうするか困った。

たぶんお店は、レシートと現物を出せば、返金とか交換とかしてくれるだろうと思う。そういう時代だから。客の利益が最大に優先されるものと、これは相手方の落ち度と思う人が大半だろう。

だけど、今日、ある本を読んではっとした。
いまドラマで話題の、秋山徳蔵氏のエッセイ。
その中に、こんな文章があった。

(魚にしても野菜にしても、)「きりょう」は味以前のものだ。みるからに美しい生き生きとした色…いかにもそのものらしい、すなおな姿…この評価に合格しないものは味わってみなくてもまずいにきまっている。…家庭の主婦でも、ものを見ることに真剣な人には、どこがどうということなしに、カンでわかるはずである。(「味の散歩」19pより)

店側が悪意を持って悪い商品を置いているわけではない。工業製品ではないのだから、アタリハズレもあるだろう。だけど売る側としてそういう中でよい商品を選んで並べるのがスーパーとして当然という考えがあった。

でもまず、自分に野菜を選ぶ力がなかったことがすっぽ抜けていた。私は、キュウリの器量を真剣に見ていなかったからだ。さっと手にとって、ろくに見ずにカゴに入れたのだ。

プロの料理人が食材を選ぶ目と、主婦の目はもちろん同じではない。でも、限られたお金で、少しでもよいものを手に入れたいと選ぶ気持ちの根っこは同じだ。

権利という意識を当たり前に思ってしまうと、自分に落ち度があることやレベルの低さを隠してしまう。だから、自分の中で困ったのだ。そして、だから、権利意識いっぱいにクレームを言う人の顔がどこか好きではないのだ。

真剣に選んだものや選びようのないものに問題があったら、そのときはきちんと伝えようと、私の中で基準ができた。

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