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料理系日記・つぶやき

2015年7月 7日 (火)

日本料理、ガラパゴス化と呼ばれる中で

和食が世界文化遺産に認められたのはよいことなのだと思うが、それ以来、混乱が深まるばかりのことがある。

世界文化遺産で言っている和食と、

家庭料理で言っている和食と、

日本料理屋さんで言う和食と、

最近の海外での和食ブームの意味する和食があって、

どれもが和食なんだけれど、あまりに範疇が違う。

私が感じるところでは、

世界文化遺産の和食→一汁三菜

家庭料理の和食→おばぁちゃんぽい昔からの料理

日本料理屋さんの和食→会席、もしくは懐石料理

海外の人から見た和食→懐石、会席、すし、そば、うどん、カレー、とんかつ、やきとり、天ぷら、牛丼…

形式や、食材、料理法などの特徴が、あっちゃこっちゃでからまり合っているから、どれもが和食ともいえるし、決め付けるには不自然でもある。

だけど、そろそろ使い分けが必要ではないかしらん。

新聞やネット記事などで「和食が人気」と書かれていると、それは海外のラーメンやとんかつ。「和食の未来は厳しい」と書かれていると、高級日本料理としての和食。

同音異義語と同じで、前後の文脈で内容を判断している感じ。きちんと定義づけしていかないと、どんどん収拾がつかなくなりそうだ。

いまミラノ万博の日本館では、会席料理としての日本料理を提供しているようだ。値段が高いと訪れる人に言われつつも、「そういうもの」と認められ、評判もそこそこらしい。同時に、日本館では、カレーとかラーメンも、和食として紹介されている。ここでは、外国人からの目線による定義として、和食とは、日本で食べられている日本オリジナルの料理と定義されているのだろう。

しかし、いま人気があって元気のあるラーメンやすし、すきやきといった和食は、世界文化遺産の和食、一汁三菜とはかけ離れていないか?! 一汁三菜の形式を重んじて提供する懐石料理は、ほとんどの日本人、食べたことがないんじゃないか?そしてガラパゴス化しているといわれても反論できないんじゃないか?

日本人にとっての和食を、現実的な意味で定義しないと…

それにしても、世界遺産って、本来の意味よりも、それでひと儲けしたい人が欲しくて仕方ないお墨付きみたいになっちゃって、あんまり増やすのもいかがなものか。


2015年6月16日 (火)

スーパーへのクレーム

袋買いしたキュウリが、切ってみると5本全部中が白い。要は古くてボクボクしていて、とても使う気になれない。
ハラが立った。
どうしてこんな古いキュウリを売るんだろう。
あの、たくさん売っていた袋売りのキュウリは全部おかしいもので、私だけじゃなく、他の人も怒ってクレームの電話が相次いでいるのではないだろうか。

そんなことが思い浮かんだけれど、そのスーパーではこれが初めてだったことと、野菜一袋でいちいちめくじら立てているのも大人気がなく思い、スーパーがちょっと遠かったこともあって、どうするか困った。

たぶんお店は、レシートと現物を出せば、返金とか交換とかしてくれるだろうと思う。そういう時代だから。客の利益が最大に優先されるものと、これは相手方の落ち度と思う人が大半だろう。

だけど、今日、ある本を読んではっとした。
いまドラマで話題の、秋山徳蔵氏のエッセイ。
その中に、こんな文章があった。

(魚にしても野菜にしても、)「きりょう」は味以前のものだ。みるからに美しい生き生きとした色…いかにもそのものらしい、すなおな姿…この評価に合格しないものは味わってみなくてもまずいにきまっている。…家庭の主婦でも、ものを見ることに真剣な人には、どこがどうということなしに、カンでわかるはずである。(「味の散歩」19pより)

店側が悪意を持って悪い商品を置いているわけではない。工業製品ではないのだから、アタリハズレもあるだろう。だけど売る側としてそういう中でよい商品を選んで並べるのがスーパーとして当然という考えがあった。

でもまず、自分に野菜を選ぶ力がなかったことがすっぽ抜けていた。私は、キュウリの器量を真剣に見ていなかったからだ。さっと手にとって、ろくに見ずにカゴに入れたのだ。

プロの料理人が食材を選ぶ目と、主婦の目はもちろん同じではない。でも、限られたお金で、少しでもよいものを手に入れたいと選ぶ気持ちの根っこは同じだ。

権利という意識を当たり前に思ってしまうと、自分に落ち度があることやレベルの低さを隠してしまう。だから、自分の中で困ったのだ。そして、だから、権利意識いっぱいにクレームを言う人の顔がどこか好きではないのだ。

真剣に選んだものや選びようのないものに問題があったら、そのときはきちんと伝えようと、私の中で基準ができた。

2015年1月 4日 (日)

初挑戦のヒレ酒

好きではなかったのに、年齢のせいか、冬になると熱燗をほんの少し楽しむようになりました。

今年はさらに進んで、フグのヒレ酒です。初挑戦です。
飲んでみたかった。ホントは洒落た料理屋のカウンター席で。

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期待で鼻も穴をふくらませて大事に頂いたら、……よくわかりませんでした。

フグがイマイチなのか、酒がイマイチなのか、飲み手がイマイチなのか、どれもこれもが原因として疑わしくて、特定できず。

初めて飲んだビールのように、慣れ、が必要なんだろうなと、次回を楽しみにすることにします。

ともあれ、寒いからこその“寒味”を楽しめるこの冬に、小娘のような気分で日本酒で乾杯したのでした。

2014年10月31日 (金)

絶滅の方向を向いているから世界遺産?

日本料理の料理人の方々にいろいろとお話を伺う機会が続く日々。

調理師学校の日本料理部門、希望者が、すんごく少ないと聞いた。さらに、うなぎ店の経営者からも、若い職人がサッと辞めてしまうことなども聞いた。

調理師学校では、ほとんどが、製菓か洋食、そして中華。日本料理を選ぶ生徒は、5%に満たないのだそうな。

和食が世界遺産に指定され、政府も力を入れ、海外、特にアジアでも和食が大人気と日々知らされている私にとって、和食は追い風と感じていたけれど、世界に進出している和食と、国内で喘いでいる日本料理とではどうやら、別のものらしい。きっと数年先には、かつての鉄人ブームのように、日本料理を受け継ぐ料理人が増えるんじゃないかと楽観視していたけれど、聞くほどにお先真っ暗。

確かに、日本料理は、私でさえ、食べる機会はほとんどないし、そもそも修業だってかなり閉鎖的な世界だし、特殊といえば特殊。それじゃなくても飲食業界はそもそも労働条件が悪い。給料も、時間も、仕事のハードさも、何もかもと言えるくらい、魅力を打ち出せるものが、客観的に見て説明しにくい。

これはきっと、他の、職人系の仕事も一緒だろう。本人の自己満足だけでは家族を養っていけないだろうし。

いまの社会の仕組みは、換金が早く、効率や利益が先で、時間がかかる技術や成長を待つ個人の技能には対価を支払わない仕組みになっている。残さなくていいのだろうか。技術を継承する人、興味を持つ人を発掘し、育てなくてよいのだろうか。たとえ、私が食べたり使ったりするようなものでなくても。

2014年10月 9日 (木)

順調に撮影

約1ヶ月ぶりに仕事の撮影。このところ、この場所に通っています。そう、浅草。スカイツリーとアサヒの本社ビルが上手にコラボした写真が撮りたかったのですが。

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本日は、かっぱ橋の道具街のイベントのためか、観光客がとても多く感じました。ちょっと寄ってきたけれど、仕事後の疲れが出たのか、人の多さに人酔いし、早々に帰りの地下鉄に乗ってから、揚げ物用の鍋が欲しかったんだと思い出しました。

調理科学の本を、最近ていねいに読み直していて、本日読んだところに、“鉄や銅の揚げ鍋は、油の劣化を促進する素材。アルミやステンレス製が劣化しにくい”とあり、鉄製の中華鍋を揚げ鍋に兼用して使っている私は、専用の鍋を買おうかなと、ふと思ったのでした。でも、数時間後に忘れて、帰宅…

まあ、縁があったら次回。今日、撮影でお世話になった料理人さんにうかがったら、かっぱ橋は、決まって行く店が数店あるものの、プロよりも料理好きな人や外国人観光客が中心の客層だと言ってました。

今回の撮影では1回に15~20点の料理を撮ります。撮影が終わった料理は、ちょっと味見をするものの、多くは処分することになるので、もったいないからいただいて帰ります。先日はアマダイ、今日は松茸や合鴨を多く使いました。写真が載せられないのが残念。

料理だけでなく器づかいも上手な先生なので、カメラマンがいろいろなアングルから写真を撮る甲斐があるようです。

2014年7月26日 (土)

効率優先もほどほどに

仕事上、いろいろな本や雑誌を資料として目にするけれど、時間がないのを言い訳に、最短距離で読み終えようとする読書を、長いこと続けてきたことに気づいた。

面白いか、面白くないかの、本自体の持つパワーというのもあるけれど、よいところ、面白いところを探そうとする心がけが、せっかくの出会いにはあった方が、気づきが多くなると思う。

そんな私にとっての“悪習”を!と思わせたのが、「野菜を喰らう」だ。

著者は、築地の八百屋さん。西洋野菜の草分けとして有名な、大木健二さんの話や西洋野菜を広げる苦労話をエッセンスとしながら、西洋野菜をわかりやすく解説する。

大木健二さんのお名前は聞いたことがあったけれど、具体的な仕事の内容は、この本でようやく少し知ることになった。

健康ブームや野菜人気から、いまは日本料理の世界でも、積極的に西洋野菜を使う時代。
トマトなんてあたりまえ、いまやアイコだ、カルビタトマトだのと、取材に出向くたび、次々と耳に新しい野菜が登場し、それを料理人は積極的に使いこなしている。

そんな自分の不勉強を補う資料として手にとった本だったが、それ以上に、野菜たちが日本にはいるようになったエピソードが面白く、西洋野菜を全国に広めるために東西奔走した大木さんという方のバイタリティに引き込まれる。今度使ってみよう、食べてみようという思いが立ち上がる。

ふと、「向田邦子の手料理」の本を思い出す。

決してプロとしての手の込んだ料理ではないけれど、人柄が伝わってくるストーリーとさりげなさが詰まった、楽しい料理の世界が広がっている。どれもが、平凡な材料ばかりで真似しやすいものばかり。何品、この本から作ったことか。

実用書を読むのが楽しいという経験はかなり久しぶり。時間がないから、資料として必要な部分にだけ目を通しておしまいにするような読書を続けてきた自分が、少し“痛い”。

効率よくやってきたと思ったけれど、どうやら、脇道に立ち寄ることをやめることで、楽しみまで減らした読み方をしてしまったようだ。

2014年3月19日 (水)

3月の味

卒業式、ホワイトデー、新学期の準備、春一番…毎日が春の気配でいっぱいの3月。前半はちょっと寒かったけどね。

寒さが幸いしたのか、鮮度のすばらしい花だったのか、はたまた私のケアに愛情があったのか、息子が卒業式にいただいてきた花たち…

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見事に咲き切ってくれました。

寒かった恩恵は富士山にも。今年の冬の富士は、見たことのない凜とした美しさで見惚れちゃいました。

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さてさて、3月もいろいろな食材に出会い、チャレンジィ!

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驚きを与えてくれたのは、野菜の“芋の芽”。初めて見て、お店の方に使い方を聞いて買ったものです。里芋の芽だそうで、里芋のいいものがなかったので売りに出したとか。特に味はなく、斜めに切って味噌汁で食べることが多いのだそうです。

やってみたら、サクサクとしてクセがなく、だけどどこか里芋の香りがあっておいしかった。芋茎に似ていました。

そして、最後にカジカ。(ぶつ切りにしてもらったのでちょっとグロな写真)日本料理の世界には“三月カジカ”という言葉があって、ただいま旬まっさい中。甘露煮、から揚げ、山椒煮、洗い、味噌漬けなどするとのことですが、選択肢は、から揚げ一直線。小骨が多いものの、ハフハフしながらいただき、やわらかい白身は美味でした。

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2014年2月25日 (火)

レシピは少ないけれど

このまえふと、スーパーで次々と登場する調味の素とかレトルト食品とかパスタソースを見ていて思ったこと。

我が家ではいつの間にか、あまり、そうした新しげな加工食品には手を伸ばさなくなりました。冷凍食品も然り。試したこともあるけれど、あれこれ工夫があるであろう料理や料理の合わせ調味料などを試しても、食べ始めはおいしいと感じてもすぐに飽きてしまう。もう一度という感激がないことが大きな理由です。

新鮮で質のよい材料ならば、茹でただけ、焼いただけで、塩を振ったりオイルをからめるだけでおいしいくて、何よりも飽きない。素材として手に入れて、世に有り余るレシピを参照しながら作れば、飽きない、おいしいレシピを手に入れることができる。

そうした経験を繰り返しているうち、いかにも便利な新しいものを試す機会は減っていきました。

質のよい材料の本質のおいしさを知っていれば、あれこれと貪欲に料理を追い求めることはあまり必要がなくなるのかも知れません。逆に、材料自体のおいしさを理解していないと、次々と新種の味を追い求めたくなるのかも知れません。

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さつま芋は焼くのが一番おいしい。次は大学芋、天ぷら、次は煮物…と、決してバリエーションは多くありませんが、おいしく食べることと、レシピの種類の多さはそれほど関係ないかも知れないと、ちょっと思うようになりました。

2013年12月29日 (日)

我が家らしいお節

いよいよ掃除も峠を越え、明日からは料理づくりを予定しています。

実はお節作りは苦手、あまり興味なし。というのも、ほとんどが好きではない料理(濃すぎる、甘すぎる)であることと、家族もあまり好まないことで、作る意欲が弱まるんだなぁ。2年ほど前から、家族にたんぱく質と塩分の制限が出て、定番ではほとんど食べられない料理ばかりになっているのも意欲が遠のく口実。

いったいどうしようかと、少し頭を悩ませていた今日この頃。先週の「ごちそうさん」を見て、とっても気持ちが開けました。

見た? 見た? め似子さんのお節(飯島奈美さんのアイデアなのでしょうが)、発想が豊かで家族への思いがこもっていて、独創的。もちろん基本を抑えつつで高度な技術ですが、いわゆる、ザ、お節にはなっていなかった。

あんなに自由に作っていいんだ、作る人の自由なんだと、頭をガツンとやられた感じでした。

私は、我が家風に楽しもう、家族に思いをこめた内容にしようと、けっこう吹っ切れました。塩分を減らしたり、好物を中心にしたりして、たぶん定番のおせちとはだいぶ違うことになるだろうけど、家族の健康や幸せを願うことがお節の本質のはず。

内容を考えるのは今晩。そして、明日は家族を引き連れて買出しです。結局はいつもの、になるかもしれないけど、私らしさ、我が家らしさを楽しみたいと思います。

2013年11月27日 (水)

鳥取と福井の出会いの味噌汁

家人が山陰に出掛け、おみやげに鳥取の道の駅で立派なナメコを買ってきてくれました。

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こぉんなに大きい。大きすぎて、大味をちょっと警戒。
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味噌汁にしました。味噌は、夏に旅行先で買った福井の白味噌と、普段使う米味噌をブレンド。おみやげに味噌を買ったことを自己満足する瞬間。
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味わったら、ナメコは、傘よりも石突きの方が味が濃くておいしぃ~ 発見です。
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