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美しいもの

2015年3月 3日 (火)

仁阿弥道八展(サントリー美術館)

実は、それほど仁阿弥道八という人の仕事の意味を知らなかった。

今回のサントリー美術館の企画は、仁阿弥道八をテーマにすること自体が珍しいと聞き利き、見たことのある雪笹や雲錦模様の鉢があるならと軽い気持ちで訪れた。

何箇所か、器を中心にした陶芸家の展示を見たことはあったけれど、楽茶碗から青磁まで作品の幅が広く、写しをしても、本歌をさらに上回るかのような写しになっていて、なんと器用の人だろうと思う。

さらに、四条派の画家とコラボした作品も多くあり、プロデユーサー的な仕事の仕方にも感心させられる。

技術があり、センスがあり、自分でクリエイトができ、模倣もできる。陶芸という手段で、のびのびと人生を楽しんだのだろうか。それとも、芸術家ならば避けられない、製作する苦しみがあったのだろうか。

どの作品も、いまの空気の中でのびのびと呼吸している気配。ちっとも古くなく、骨董ではない。しかも、いまのデザイナーがかなわないのではないかと思う、洗練されたデザインと趣向、そして茶目っ気。圧倒されたぁ。もう一度行きたかった。

2014年11月30日 (日)

岡部嶺男展

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料理のことをいろいろ教わっている先生によって出会った、岡部嶺男さんという陶芸家。加藤唐九郎という著名な陶芸家を父に持つ、陶芸の世界では知らない人はいないであろう、歴史的な存在です。私は、主に志野焼きの茶碗を見せて頂いていて、どこがよいのか、残念だけれどもいま一歩理解できずにいました。

ちょうど新聞に展示会の記事があり、しかも仕事で行くところと駅が同じ。これも縁と、行ってみました。

会場は、菊池寛実記念智美術館。ニューオータニの裏手にひっそりとある、こじんまりした館です。

作品は、瓶(へい)や鉢など大きめの作品が多く、手で持てる茶碗やぐい呑みとはスケールが違いましたが、ダイナミックで端正。荒々しいのに整っている。透明感あふれる上品さに、とても人の手が生み出したように思えない迫力がありました。

志野焼きの茶碗ばかりを見ていたので、てっきり志野焼きを主としていると思っていたら、織部あり、青磁あり、黄瀬戸ありで、さまざまな手法を自由自在に操ったかのように創作した作品たちに、もう驚くばかり。

なぜ、土と釉薬と火とで、あんな輝きと質感を持つ物質が生み出せるのでしょう。とても人間の仕事には思えない。あまりに変化が激しく、人が作った気配がなくて、錬金術師か何か、理解を超えた何者かが魔法で作り出したのではないかと、つい、非科学的な妄想をしてしまうのでした。


2014年8月25日 (月)

私にもひとつ…

上野の国立科学博物館に行ったら、その隣の国立博物館の故宮展がさらに魅力的で、吸い込まれてしまいました。

時間があったら西洋美術館の指輪展にも行きたかった…

表面

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裏面

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どうしてこんなに美しいものばかりなのでしょう! これらはごく一部のコレクションのはず。いつか、台北ですべてを見たい。

素材のよさ、技術、時間のかけ方、細かさ、どれもがこれまで見たことがあるものを上回る絶対的な美しさ。磁器の小さな茶碗ひとつをとっても、、シンプルな模様のないものなのに、色のやさしさといい肌理の細やかな肌といい、見たことのない美しさです。そんなものばかり豪華絢爛に溢れてる!

もちろん、太古の哺乳類展もよろしかったです。
この10年ほどでどんどん新しい事実が明らかになっているなんて、リアルな変化を感じてうれしかった。この日本列島で、ナウマン象や恐竜がドシドシと歩いていたなんて、想像しただけでワクワク。

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そしてわかったことがひとつ。
カモシカのような脚というたとえがあるけれど、あれ、「日本ジカのような脚」と言うほうがもっと正確。カモシカより、日本ジカの方がはるかに美しかった。剥製と骨格の標本がそれぞれにあって、見比べてそういう結果に達しました。

それにしても、シカって、骨まで形が美しいんだなぁ。私の足、骨も太いんかなぁ。

2014年4月 6日 (日)

夕陽と花見

花見が佳境。

今年の私は少し賢い。

桜と言っても、2月からいろいろな桜が咲き、種類が違うのだろうと思っていたのを一歩進んで調べ、無事、覚えた。

最初に咲くのが、緋寒桜。ひかんさくらと読み、彼岸桜と間違えやすいためか、かんひさくらとも呼ばれる。次に咲くのが河津桜。そして大島桜。河津桜は、緋寒桜と大島桜が自然交配したもので、緋寒桜が濃いピンク、大島桜がほぼ白、間の河津桜が間のおだやかなピンク色だ。その次が彼岸桜、そして染井吉野という順になる。

ようやく、近所の高校で、2月の半ばから1本だけ咲き始める桜のナゾが解けた。そして、すこおしだけ桜の種類の違いがわかるようになり、花を愛でるのもちょっと高尚な気分だったりする。

今年は都合がなかなかつかず、今日、やっと見に出かけた。期せずして夕方だったが、これもまたよい。

ちょうど日の入りで、富士山と夕陽、下の方に桜が群れている気配が奥ゆかしい。

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江ノ島と桜。海も見える。

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大山と桜。あの山頂、去年登ったんだ…

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夜桜のための提灯と桜。

実はこの場所ではまだ満開には早く、来週末が桜の天下か。

次回は提灯に照らされる桜を愛でようか。

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ラファエル前派の展覧会

唯美主義…聞き慣れないこの言葉をテーマとする美術展覧会に行って来た。

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知っているのは、ミレイの描いた“オフィーリア”は、赤毛のアンが、川で流されて大騒ぎになったワンシーンだということくらいで、ハント、ロセッティなどはまるで知識がない。

展覧会を訪れて意外に思ったのは、ウィリアム・モリス。彼がデザインした植物中心の美しいファブリックや、日本で起きた大正時代の民芸運動の原点ともいえる、19世紀のイギリスでのアーツ&クラフツ運動の中心人物ということは知っていたものの、今回見た、ラファエル前派という流れに属し、個性的な芸術家のひとりとして活動していたことは知らなかった。

さらに、ラファエル前派の作品は、社会を風刺しているような気持ちが作品に表れていて、画家の人間くささが伝わってくる面白さがある。産業革命以降の、人間らしさ、手仕事や自然を大事にするという趣旨は、現代にも通じるものがありそうだ。

こんなにも細かく描くのかというこだわりの世界あり、自分の愛人らしき人物と自分をテーマにしたらしき作品があり、自分が原因で自殺した妻を描いた作品があり、画家同士も信じられない三角関係だったり、当時としてはセンセーショナルな同性愛者がいたり、自分に正直というか伸びやかとも言える。

情熱的で、緻密で、自然への執念のような凄みまで感じさせてくれる作品たちをわんさか見て、こんなイングランドパワーは、サッカー以外、あまり感じたこと余りなかったなあ。それにしても、この画家たちの家族や恋人たち、画家たちの伸びやかさに振り回されて大変な面もさぞかしあったことだろう。

緑色と青の色の美しさが目立った作品が、ヨーロッパの他の画家の作品よりも印象的で、イングランドの湿気、植物の豊かさを思うと納得できるような気持ちがした。

2013年12月18日 (水)

イワシたち

朝ドラの「ごちそうさん」、出てくる料理や素材、とても美しくて、ついじっと見てしまう。

先週の話で登場したイワシやイワシ料理の数々は、特につみれだんごや骨せんべいがおいしそうで唾ゴックン… 

今日行ったスーパーではイワシを見かけ、あの光景がよみがえりました。よし、今日はイワシだ!!

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目がウルウルしていずいぶん可愛いイワシ。表示を見ると、ウルメイワシとなっている。なーるほど。(確認せずに買ってる…)

ホラホラ、なんて皮目がきれいなんでしょう。持った瞬間、脂の乗りのよさ、身の締まり具合が極上と伝わってくる。手開きしても崩れないし臭みもない。料理の腕まで上がった気分になります。
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蒲焼き風にしておいしくいただきました。

つみれにするには、量が足りない。約20㎝と大きめだけで6本で700円。

今回は、家族の75%が満足。なかなか100%になるのは難しい。
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あとで調べてみると、“ウルメイワシは鮮魚ではあまりお目にかかれない。 市場など流通の場では珍しくないが、スーパーなどで売られることは稀。寒くなると脂が乗ってくる。この時期の刺身は絶品“とか。

もったいないことをしたかも~!

2013年11月 3日 (日)

益子の陶器市

益子の陶器市へ行って来た。

ブログで自分の料理の写真を撮るようになって多少は器を欲しいと思うようになったからだが、一番のきっかけは、仕事で、器のことを少し知るようになったからだ。

器好きのある料理の先生は、日本各地で陶器市はあるけれど、益子の陶器市がいま一番エネルギーがあると話してくれた。若手の作家が集まり、全国の陶芸の手法を取り入れた個性的な作品も多く、益子焼きにとらわれないいい器がたくさんあるという。

そういえば、近くのショッピングセンターやデパートの生活用品売り場で見ても、惹かれる器や手ごろな価格のものがない…。いい器欲しいなぁと気持ちが固まった。

栃木県南東部の益子町は、神奈川西部の我が家からは約200キロ。決して遠くはないが、首都高を越えるので、朝晩の渋滞を考えると、我が家ではなかなか行きにくい場所だ。朝4時半に出発し、ケチゆえ一般道を通り、途中朝食をマックでとって9時頃到着。

人の気配はあまりなく、益子駅の脇の無料駐車場へ悠々と車を置けた。店が集まる場所までは約1キロ歩く。近くの和菓子屋で尋ねると、春の方が断然人の出は多いとのこと。年間で50万人の人出があったこともあるそうだ。

いったいどうなることだろうと思ったら、朝9時台は、春に比べたらまだまだ静かなようだ。と言っても、人気の作家さんのテントでは、10人くらいの人がすでに並んでいた。どんな作品だろうと脇から覗き込むと、確かに、個性的で凝っているものや、細かくて美しさに目を奪われるものなど、人を集めるのも納得のものばかりだ。

若手、中堅、ベテラン、それぞれの年代の作家さんのテントがところ狭しと並び、作風も手法も揃えているものもさまざまだ。全国各地からも来ていて、見比べるのが楽しい。

いろいろな器に出会いたい、好みのものを探したいというのには打ってつけだ。

私も頭がクラクラとなりながらも、たくさんのテントや店を回って、自分の好みの傾向がわかってきた。どちらかというとざっくりして、模様などはなく、重そうで大きいものだ。

欲しいなと思うと、やっぱり予算より高い。値段ばかり見ると気持ちが下がる。それを繰り返していると何も買えないので、いまの私の精一杯ということで、予算に見合う、出会えたものを買おうと決め、最終的に2枚の器を買った。

私が買ったのは、共販センター「タヌキゾーン」の太田幸博さんの大きな角皿と八寸くらいの角皿。それと、路地裏テントの素子さんのお店の白クマとバク。

いつか欲しいなと心を残してきたのが、かまぐれの丘の桜井満さんの器。灰釉がとてもすてきな青磁。でもでも、今回は大皿が目的。また来るぞ~

器だけでなく、藍染製品、木綿を使った作品、皮製品、木製品などの店をのぞくのも楽しい。モノづくりへの気持ちが伝わってきて、作家さんちの表情が見えて、なんか、居心地いいんだな。

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日下田(ひげた)藍染工房。

益子焼きを芸術品の域まで高めたアーティスト、濱田庄司ののこした、濱田庄司記念益子参考館も訪ねた。

彼の仕事の偉大さを、本や記事で読んでいたものの、実際に、彼が世界中から収集した器や織物、生活の藍用品、仕事場、住まいなどを見ると、美意識の高さに圧倒される。何もかもが美しかった。素材のよさ、仕事の丁寧さ、質感、デザイン…こうしたものに囲まれて仕事をし、何を目指していたんだろうと思わずにいられなかった。私って、寄せ集めの生活してるなぁ

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カサッ、ポトッと音がすると思ったら、どんぐりが次々と上から落ちてくる。

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工房にはネコが。中では囲炉裏に炭があり、いい香りが充満している。

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藁葺き屋根、柱、床、箪笥や甕、掛け物など、何もかもが美しい。

また来よう。自分の美しいものを見る目がもっと養われますように。

2013年8月23日 (金)

若冲に会いに行ってきました

先月、東北三県でのプライスコレクションの展示を知りました。日本でプライス氏の所有する若冲の作品が公開されるのは最後だろうという話を聞き、思い切って出かけてきました。

若冲とは…と説明できればかっこいいのですが、私の若冲との出会いは十年ほど前。そのころは若冲の存在や意味や人気を知らず、なんて不思議でおもしろい絵なのだろうと友人と話す程度の知識のまま。

それが急に動き出したのは、2週間前に行った能登の旅で富山市の佐藤記念美術館に立ち寄ったことがきっかけです。そこで江戸時代の大和絵の展覧会をやっており、中で猿と鷹の絵が印象に残りました。若冲の作品はありませんでしたが、若冲とそれらの作家の関わりについて説明があり、思い立って日本美術の本を購入。江戸時代の大和絵を中心とする作品や若冲の記述を読み、すこし心の準備をし、片道400キロの旅に出発したのでした。

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美術館では、開館前に到着。夏休みの平日はどんな様子かと思いましたが、朝一番ならそれほどの混雑ではありません。他県ナンバーが多く、いろいろなところから来ているのだなとわかります。みんな車中で、自分で用意してきたらしい朝食を食べて開館を待ちます。開館20分前になり、入り口に行くとすでに20人ほどの人。通常の美術館より、中高年の男性が多いように感じました。

チケットを買い、中に入ると、最初に、この展覧会の趣旨やテーマの説明がありました。

それを読んでハッsign03 この企画を立ち上げた大きな力になっている辻 惟雄(のぶお)氏は、コレクションの持ち主のプライス夫妻と長年の親交があるとのことで、さらに、私が直前に購入して読んていた、日本美術の本の著者だったのです。しかも私が一番最初に見た若冲の作品の、象と鯨の屏風を持つMIHO-MUSEUMの館長。

私だけのドラマですが、点が線になっていく実感に、気持ちが高揚していきます。

展示室に入ると、テーマごとにさまざまな作者の作品が展示されています。解説は、子供にもわかりやすいようにという意図で、子供に語りかけるような調子。これは大人にもとてもよいことじゃないかな。美術展によっては、学術用語を多用しすぎて、読んもよくわからないことがあります。添えもの程度の短い英語の説明の方が、大雑把ながらもわかりやすくて、解説力の問題なのか、読解力の問題なのかナゾ。

そして、難しいことぬきに、自分で見て感じて楽しんでほしいというメッセージが伝わってきます。作者にこだわらず、自分の気に入ったものを集めるプライス氏の審美眼を大切にしているのでしょう。ガラス張りをなるべく減らし、直接見られるようにしている箇所が多くありました。作品の部分を取り出して拡大したり、クイズ形式にしたり、美術館というより美術作品を使ったアミューズメントパークのような雰囲気を出していました。

作品そのものは、特に若冲のものは、大胆かつ繊細、ユーモアがあり、どこかマイペースで伸びやかで、これまで見てきたファインアートや大和絵とはまるで雰囲気が違います。それらに囲まれると、自分の気持ちまでゆるゆるにやわらかくなっていきます。楽しく、そして夢中で描いたのだろうと、画家の気持ちを想像するのがちょっと楽しい。

とにかく楽しくて自由。

作者が誰で、どんな評価があるかより、作品そのものをまず楽しむというのは、今回の展示で、いつの間にか引き込まれた見方でした。

特に印象に残った猿と蜂をテーマにした絵は、富山でも見覚えがあり、調べてみると、どちらも森狙仙の作品でした。たぶん名前で絵を見たら、逆に気づかなかったかも知れません。自分の感じ方を最優先しないと、大切なものを見落としてしまう…

童心に帰ったようにワクワクした気分になりながら、最後に見た鳥獣花木図屏風からは、大きい力を感じていました。

美術館に着くまでの、浪江町の役場の移転先や被災者の住宅の案内の看板から示される厳しい現実、海外の人が被災地を励ますために提供してくれている善意、江戸時代の作品が目の前でこんなに自分を楽しませてくれているという時間を越えた表現力、それらをぜんぶひとまとめにして、動物たちが美術館を訪れた人の気持ちを和らげるような表情でたずんでいるのです。見る人の感じ方は人それぞれだろうけれど、誰もが、やさしい温かなものを受け取ったのではないでしょうか。

気に入った作品があまりにもたくさんだったので、図説やファイル類を買ってしまいました。本物と比べると少し寂しいものの、あの日のワクワク感を忘れたくない。

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約2時間滞在して駐車場に戻ったら満車で待っている車がいっぱいでした。

日帰りは少し疲れたけれど、きっとずっとずっと忘れない。

2013年5月11日 (土)

ラファエロ展 クラーク・コレクション

娘のお供をして、美術展を二つはしごすることに。美しいものをのんびり眺めるのだからと深く考えなかったのだが、これが、意外に体力が要る!

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まずはラファエロ展。

ルネサンス3大巨匠の一人とされるラファエロ。かつて日本には来たことがないという「大公の聖母」が目玉。「板に描かれた500年前の作品が日本に来るなんて!」と娘は大興奮だ。雨の日で、多少は観覧者の数は少なかっただろうと思うが、当日券の売り場にはそれなりに長い列。チケットは事前に用意していたので、スムーズに中へ。

ラファエロだけでなく、彼の父や彼に影響を与えた人、彼の弟子たちの作品を展示してある。中は、多少の渋滞はあったものの、予想したほどではなく、雨の中を行った甲斐があった。

まるで気づいていなかったのだが、ラファエロはダ・ビンチと30年ほど歳が違い、同じ時代を生きた人だった。没年は1年違い。もう一人の巨匠、ミケランジェロはラファエロの8歳ほど上で、娘の解説によると、ミケランジェロはラファエロを大いにライバル視していたとか。そういう話を聞くと、がぜん、3大巨匠たちの人間関係がどんなだったか、想像力が湧いてくる。

目玉とされる「大公の聖母」は、人物のおだやかな表情や色のふかさ、落ち着きが魅力だなと思った。もともとは背景に窓が描かれていたのが、別の人物によって塗りつぶされたらしいが、そうなったいまの絵の方が、気品があるように見える。

二つめのクラーク・コレクションは、先週見たTVで展示を知り、見たことのないモネの絵を実際に見たくてはしご。前売り券は持たずに訪れ、前売り券がある人もない人も着た順に10人ほど並ばされ、どうなるかと思ったが、5分もたたないうちにチケット売り場に通され、すぐ買い求めて展示室に入れた。

印象派の作品が主流で、私も含め、日本人好みという作品が多いように思った。印象派だからなのかは詳しくはわからないけれど、パステルカラーの色合いの華やかな作品が文句なしに美しく、個人の贅沢な邸宅といった造りのこじんまりした美術館で、上品な雰囲気を醸し出している。ルノワールの描く人物は、瞳の色を他の色より濃くして際立たせるようにしているのだろうか。つやつやした瞳に吸い込まれそうだ。人物が生き生きして、印刷物にはまるでない表現力が、本物のよさを伝えてくれた。

見たかったモネのやさしい絵。「小川のガチョウ」

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人が多く薄暗い中、細かい字を集中して読んだり、次々と作品を鑑賞するには、頭と身体と両方の体力が要る。どちらも展示を見た後は疲れてしまい、せっかくのミュージアムショップで買い物をする余裕がなかった。残念!余力を残して鑑賞するか、もっと体力をつけるか!?

2013年4月22日 (月)

ミュシャ展

ミュシャ展へ行ってきた。

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美しいもの、きれいなものというテーマしかないんじゃないかと思える、優美な世界。東欧だけでなく、どこか日本や中東の香りもするデザイン。

上流階級好みの芸術としての絵から、商業や大衆のためのもっと身近な絵、芸術性の高いデザインというカテゴリーを作ったグラフィックデザイナーの先駆けと思っていたら、もっともっと重みのある生き方をした人だった。

紆余曲折の中、美術を勉強し、印刷工場で働き、たまたま受けた女優のポスターの仕事で人生の花が開く。30歳代で大成功を掴みながら、そのかたわら、侵略に合う祖国のチェコスロバキアのため、絵で祖国への思い表現する決意をし、資金を作り、製作を続ける。それが彼の生涯の後半だ。

依頼されたポスター的な作品と、家族を描く絵や祖国を描いた作品では、絵の重さや深みが何もかも違う。まじめなまっすぐな気持ちがにおう。家族を思う気持ちが伝わる。

ただ、その重みのある作品が、一般に知られる彼の作品のように、見る人の心をぐいっと魅了するかというと別なのだけれど。

今回は娘と出かけた。とある金券ショップでミュシャ展の前売り券を見て、その絵の美しさがきっかけでミュシャに興味を持ったそうな。

それ以来、毎回、金券ショップの前を通るたびにチケットをのぞき込み、あと2つの美術展に行く決意をしている娘とお供の私。あんな小さな紙片に、そんな出会いがあるなんてネ

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