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パリ自主研修旅行

2007年4月26日 (木)

最終 パリ報告第7弾

!黄色信号のない街

私にとってとても印象深く残ったパリの印象の一つは、車用の信号に、黄色がないということだった。歩行者用の信号は普通なのだけど、車用の信号は、赤のバッテンがあるだけ。黄色と緑がない! 赤のバッテンが点灯するか消えるかという表示なのだ。最初見たときは何かの間違いかと思った。しかも歩行者は信号無視が当たり前の国。どうやって運転するのだろう。 

よく見ると、車は歩行者に合わせ、しょっちゅう辛抱強く止まっている。たとえ歩行者用の信号が赤でも、歩行者がいれば車は止まる。車用の信号に緑がないというのは、進めはドライバー自身が判断することで、自分でよいと思ったときに進むから必要ないということのように取れる。そうなると、黄色信号は不要となってくる。ドライバーが自分で状況に合わせるのだもの、人がいれば止まる、いなければ注意して進む。シンプルだ。

車は歩行者にイライラとしないのだろうか。私もだんだんパリの街歩きに慣れて、躊躇せずに赤でも渡れるようになると、車のマナーのよさというか、歩行者を脅すような運転が皆無なことに気づいた。日本だと、歩行者が青で渡っていても、「さっさと行けよ」とばかりに車を歩行者に近づけるドライバーが多い。それが、パリでは必ず歩行者からけっこう離れたところで止まる。毎日毎日たくさん歩いて道路を渡ったけど、一度もいやな思いをしないて済んだ。

黄色信号がない街……日本では黄色はゆっくり安全を確認して進めということになっているけど、こういう街もある。もちろん何もかも理想的ではないかも知れない。たった一週間で弊害など十分わかるはずもないだろう。でも、車の側に良識があれば、黄色は余計なものになるかも知れない。実際にドライバーたちがどう思って運転しているかはわからないし、黄色信号がないことの弊害まで調べたわけではないからえらそうなことはいえないけどね。だけど、アナウンスのほとんどない地下鉄に乗って、日本って親切だけどおせっかいなところが近頃少々疲れるんだなあと思い当たった私は、こういうのもいいって少し思った。

!地下鉄のクラシック音楽

地下鉄の構内では、よく楽器演奏のパフォーマンスをしていて、さまざまな楽器を奏でる人々を見た。例えば、クラシックギター、弦楽器のセッション、CDのハープ伴奏をかけながらのオーボエ、どこかの民族楽器であろう鉄琴風の楽器などで、どれもクラシックの音楽なので気持ちがやわらかく、優雅になった。特にオーボエのアヴェ・マリアが地下鉄の通路を伝って聞こえてきて、改札に向かっているうちに音楽がどんどん大きくなって目の前に演奏者が現れたときは、眼がうるうるしてしまった。

最近とても強く思うのだけど、電気を使って作り出す人工的な音や、スピーカーを伝わって聞こえる音は、生のアコースティックな音に比べると、気持ちの休まり方が確実に違う。張り詰めた気持ちでパリを歩いていた私を、あの音はすっぽりと包みこんだ。地下鉄構内のアーティストたちは、素直な音で、人のあたたかさを表現し、包んでくれたんだと思う。

!パリの香り

自宅に戻って久しぶりに子供たちに対面したとき、彼らがすぐ言ったのは、「ママ、何かいいにおいがする!」だった。香水など何もつけていないので、何のことだろうと思ったら、どうやらパリのホテルの香りが、服や荷物に染み込んだらしく、スーツケースをあけたら、「このにおい、いいにおい」と喜んでいる。そういえば、パリではどこでも、甘酸っぱいような色っぽいような甘い香りが漂っていて、どこからやってくるのだろうと不思議だった。イングランドに住む友人の家も同じような香りがしたと思う。彼女から荷物が届くと、そんな甘くてやさしい香りも漂うからだ。

いまではすっかりその香りは抜けてしまったが、あの香りが恋しくて、手持ちの香水の中から似た系統のものを小瓶に移し、家の何箇所かに置いた。自分に付けると数分もしないうちに香りに酔って気分が悪くなってしまうのだが、家でかすかに香らせる分には、マダムな気分になれて悪くない。

!帰国後の私の変化

日本に戻ってもう一ヶ月近くになる。パリに行ったことで私の考え方が大きく変わったことが2つあり、それが一ヶ月もたったいままだ変わらないので、定着の兆しがあるのかもしれない。

笑われてしまうようなことだけど、そのうちのひとつが、お風呂好きになったということ。これまでお風呂が嫌いだったという意味ではないが、もともと面倒な方。ドラえもんのしずかちゃんのような風呂好きは理解できなかった私。しかし、一週間の滞パリで、私をリフレッシュしてくれたのは何よりもお風呂。ホテルに帰るとき、何をまず頭に思い描いたかというとお風呂。体をねそべらせてゆっくり温まる場所が、こんなに安らげる空間だったとは知らなかった! お風呂のありがたみが体の芯からわかった。日本に戻って以来、連日、長風呂だ。ただ、温泉を賛美するかどうかはまだわからない。熱いお風呂はすぐ湯当たりしてしまうというハードルがある。

もう一つの大変化は、食事の機会や内容を大事にするようになったこと。いまでもお昼はお茶漬けで済ます場合はあるけど、なるべく食いしん坊にならなきゃソンだと思うようになった。根っからの食いしん坊の自信はないけど、それでなくても量が食べられなくて、フランスでは鶏のエサのレベルだったような気がする。私って損(経済的とも言えるかも)な体質なんだ!と思わずにいられなかった。そして帰国してから日本で‘日本風‘フランス料理や‘日本風イタリア料理‘を食べたら、一緒に食べた人は量が少ないと文句を言っていたけど、私には涙が出そうなほどにちょうどよい量で、しかもおいしかった。日本でのレストランは、どこもレベルが何て高いんだろう。これは事実だ。そして、何て私に量がちょうどいいのだろう。ばんざーい。また、いくら贅沢なご馳走でも、ひとりで食べるとご馳走ではなくなる。エサになっちゃう。これが、今回の旅で最大に残念なことだったが、その分、一緒に食卓を囲む人がいる喜びを、いま毎日感じる。

どうせ食べるのなら、おいしいものを楽しい人と。機会は逃さず少々投資。パリで女一人ディナーを実行したから、日本で一人フレンチもたぶん行ける。怖いものがまた減ったぞ。

2007年4月24日 (火)

最終日を襲った、まぬけな悲劇 パリ報告第6弾

★4月1日(日)

凱旋門、シャンゼリゼ大通り、コンドルド広場、テュイルリー宮殿

最終日の報告。この日の夜8時の飛行機で帰国することになっていて、集合時間の夕方4時半まで時間があった。最終日が有効活用できるプランでラッキー! まだ訪ねていないところを、お土産を買いながらぶららしようと考えた。ガイドブックを調べ始めると、いまさらながらの初歩的なミスが発覚。日曜は、私の行きたい店がみんな閉まっている!

この日に、まず行きたかったのは(正確に言うと、前を通ってみたかったのは)、いわゆる星付きのレストラン。お客として食事をする機会は作らなかったけど、せっかくフランスの食文化の自主研修旅行に来たんだもの、「ここかぁ」とうっとりぐらいしたかった。あと、セレクトショップのような、お土産屋とは違うセンスのよさそうなものが売っているお店も行きたかった。それが全滅なのだ。前日までは開いていたのに、何で気づかなかったのだろう。さんざん、いろいろな情報で紹介されていたことなのに。そういえば、私、日曜を海外で過ごしたことがなかったなあ。まだまだ経験が浅いようだ。サルコジ氏が大統領になったら、お店はもうちょっと営業するようになるのかな。

1、凱旋門

パリの象徴といえば、エッフェル塔か凱旋門のように思えたので、どちらかを行ってみることにした。地下鉄で一本だったので、凱旋門に決定。近寄ると、思いのほか大きい。

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花のように見えるのは、無名戦士の墓。火がともされている。日本でいえば、平和公園のような意味があるのだろうか。

このあたりには「ギ・サボワ」の星付きレストランがあるので看板だけでもと探したが、結局探し当てられなかった。うーん、心残り。他の閉まっている店を眺めながら、シャンゼリゼ通りを抜け、コンコルド広場へ。

2、コンコルド広場

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コンコルド広場の象徴、オベリスク。このオベリスクを中心に、四方八方に道が延びていて、車が4~6車線分くらいぐるぐる走っている。車はどんどん合流してきて、4~6車線の中を車線を変えながら(線などはない)、抜けていく。いったいどこを見て運転しているのだろうという素早さ。日本だったら、きっと車線を引きたくなるのだろうな。

パリは街中に広場がある。おかげで道が放射状なものだから、方向感覚が狂って仕方がない。どうしてこんなに広場があるんだろうと不思議で仕方なかった私は、ベルサイユ宮殿に行ったときにガイドさんに聞いてみた。「パリは建築家が街を設計した街。広場も建築家が設計したのです。それを国がそのまま残しているのですよ」というのがガイドさんの答えだった。すごいなぁ、日本でこれだけの場所が、街の建築物として長く残されるだろうか。きっと、企業が買い取ってしまうに違いない。やはり社会主義国家というベースがあるのだろうな。

3、テュイルリー宮殿

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マリー・アントワネットが革命の後に一時とらわれていた場所とガイドブックに説明があった。今は花が咲き、池には模型のヨットを浮かべてゆっくりする人がいっぱい。貸しヨット屋さんともいうべき店があるようだ。ここいらは観光客だらけで、皆が思い思いにのんびりしている。

また、ここではナンパのおじさんに遭遇した。ひとりでゆっくり歩いていると、「一緒に歩きませんか」と声をかけられた。自分はスイス人だと言う。にこにこしてベレー帽をかぶって品がいい。年齢は50~60歳といったところ。余りにも久しぶりの経験ににっこり反応したけど、いったい何の目的なの~。人はよさそうだったけど、こんなところで声をかける人を安心しちゃいけないんだろう。今日は最終日だし、最後まで緊張を保たねば! ということで、さよなら~。そんなに寂しそうにでも見えたのかしら? 

4、客が並んでいる人気の中華料理店へ

できれば行ったことのないジャンルの店に挑戦しようと出かけたのが、中も外も人がぎっしりのサンジェルマンにある人気の中華料理店。「ミラマ」という屋号だ。鴨の炙り焼きが名物らしく、通りに面した調理場で焼いている。私は一人だったので、たいして待たずに席に着けた。メニュー表の漢字を見たとき、なんとも気持ちが落ち着いたのがわかった。中国語だから全部はわからないけど、ぱっと見て考えずに理解できるのがこんなにラクでほっとするとは!

周囲で食事をしている人はヨーロッパ系の人が多く、たいていのグループは鴨の炙り焼きをオーダーしてかぶりついている。そこで、私は鴨の炙り焼きがのっかった温かい麺にした。それ一品きりだけど仕方ないわ。両隣の人は家族連れのよう。野菜炒めや点心を、フォーク・ナイフで食べているのにびっくり。当然なのだろうけど、見て初めて納得だ。

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これが私がオーダーした麺(ひどいスケッチですが、ないよりは伝わると信じ、公開)。鴨の炙り焼きがいやというほどたっぷりのっかっていた。香ばしく、とても美味。ただ、スープがぬるい。フランス人が猫舌だからかなあ?フーッと冷ますことなくすぐ食べられるのはちょっと便利な気がしたけど、気が抜けたビールのようにおおいに物足りなかった。湯気も味の一部なのね。これも立派なカルチュアショック。

食事を終えて席を立とうとしたら、立てるんだけど、出られない。隣とテーブルの間が10cmほどしかなく、体をはすにしても通れないのだ。「あらまあ」と思っていたら、両隣の方々が、テーブルを引き寄せて通路を作ってくれる。食事中にちょっと申し訳なかった。そして、最後の最後まで、「メルシィボクゥ」。一人で麺を食べるアジア女はどう見られるのだろうと思っていたけど、みんな、親切でした。男も女もなく……

時計を見るともう2時過ぎ。あと2時間を切った。もう、どこでも開いているお店でお土産を探すしかな~い。ああ悲しい。でも、どうせ行くならもう一度行きたいところにしようと考えた。そこで選んだのがシテ島。あのあたりの穏やかな品のいい雰囲気が、私は最も気に入っていることに気づいた。

シテ島近く、セーヌ川に沿って古本市をやっていた。観光客だらけで、お土産屋さんもばっちりだ。そこで、いかにもフランスらしい、エッフェル塔の絵柄の着いたキーホルダーを子供たちに、黒猫の鍋敷きを自分に買った。

そしてジャジャーン、私が最も嬉しかったおみやげは

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です。近くのスーパーで買ったクルミオイルと、サクレ・クールの布地屋さんで買った、1メートル2ユーロのファブリック用の布。大事に大事に持ってまいりました。このクルミオイルでヴィネグレットソースを作ると、香ばしい香りが出て最高。一本で3ユーロ。こんなんで楽しめて、私、ほんとに幸せです。今度はもっと買えるよう、スーツケースを大きいのにしなくては(真剣)。ブランドものは、まるで何も買いませんでしたが、その分のお金は、次回の旅行に回す方が私には大事。

2日目に見かけたスカーフ屋さん、オリーブの実屋さん(本当は何ていうんだろう)、アンティークの小物をディスプレイしていた本屋さんなど、思い起こすと「あそこで買っておけば」と思い当たる素敵なお店がいくつもありました。そのときを逃したのくやしいけど、パリはほんとにウインドウショッピングだけでも楽しい町(負け惜しみじゃなくて)。花屋さんの店先、チョコレート屋さんの並べ方など、全然日本とスタイルが違い、美意識の違いが楽しい。

いよいよパリともお別れ。再び空港に向かい、順調にフライトのときを迎えた。最大のおみやげは、この飛行機で見た夕焼けかもしれない。オランダ上空ですとアナウンスが入ったころ、夜の9時前だったと思うけど、オレンジの太陽と、真っ青に広がる空とが鮮やかに対比して、吸い込まれるような美しさだった。また絶対来る、と自分に言い聞かせながら、ずいぶん長いこと、窓の外を眺めておりました。

2007年4月18日 (水)

レストランでひとりディナーを敢行 パリ報告第5弾

★3月31日(土)

サクレ・クール聖堂、 モンマルトル散策、 オルセー美術館、 予約したレストランでディナー

朝5時半に起床。少し頭が重かったけれど、元気。とても嬉しい。残りはあと二日、行っておきたいところをピックアップし、行き先を決める。朝食は相変わらずホテルのレストラン。たまにはカフェに行ったりブランジェリーで買い出してとも思うけど、ぼーっとできるホテルでの朝食は精神的にかなり大事な存在となっていて、変えられない。こうだから私は真の食いしん坊ではないと思う。連日変化する他の泊り客を眺めながら、ほどよく慣れた人と場所の気配を感じながら食事する心地よさを譲れなかった。帰国してから、どうしてパン屋くらい行かなかったのかと、実はいま後悔してます。でもホテルのパンもおいしかった。冷めてても。

1、サクレ・クール聖堂

ずっと左岸ばかり行っていたので、右岸も行かねばと思い、サクレ・クール聖堂へ。治安がよくないと聞いていたので、ちょっと緊張したけど、地下鉄から一瞬地上に出たときに町を見下ろすと、衣類をダンボールに山積みして一枚5ユーロとか3ユーロとかで売っている庶民的な店が多くあるのに気づいた。確かに雰囲気は違う。でも、まるでしまむらのような親しみのある価格。高級デパートもいいけど、実際の生活って、こういう店が大事。非常識に無用心でない限り、ひとりで歩けるだろうと楽しみになった。

地下鉄の駅から地上に上がると、地図を見るまでもなく、上り坂の参道のような道に沿って店がずらりと並んでいる。京都の清水寺の参道をふと思い出した。いずこも同じ。ここの通りに、布地屋さんがいくつもあると聞き、歩いていくと、

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あった~! こんな感じの色とりどりの布を並べた店が数店固まっている。もう、臆せず店の中に入っていろいろ見てみた。リネンはやっぱりいい値段(いくらだったか忘れたが)。ありがたいのは、フランスは長さと重さが日本と単位が同じこと。重さは食べ物を買うときに、長さは布を買うときに便利。イングランドでは大変だったよぉ。 で、2件目のお店で、ファブリックによさそうなちょっと厚手の木綿が安く売られているのを発見。幅は広く、ダブル幅というのかな、1.42メートルの幅で1メートルの単価が2ユーロ。ぎょえ~たった300えん!!! 最初は目を疑ったが、間違いなかった。これは絶対お買い得。日本では絶対に1000円とかするもの。物色していると淡いストライプの好みの色合いの布があり、買うことを決意。おじさんに「ドゥメーター、シルブプレ」と伝えた。このとき、頭のなかは、「バレエでアン、ドゥ、トロゥだから2はドゥだ」と必死。するとおじさん、「に」と確認してくれる。日本語の数字を知っているらしい。「えっ?」と思い、日本人が多くくるのか聞きたかったが、言葉の壁がいきなり立ちはだかる。会計でも、「よん」とにこにこしながら言う。けっこう日本人が来るのだろうか。確かにあの値段は魅力。どっさり買いたくなる。もしかしたらリネン類も安い掘り出し物があるのかも知れない。でもなあ、布って結構重い。2メートルで我慢したものの、目的地に着く前に、ずしりと重いおみやげを抱えてしまったのでした。

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これがサクレ・クール寺院。教会中のステンドグラスがすばらしく、いつまでも見入っていたい神秘的な時間が流れていました。

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寺院に登っていく階段で。松や蔦など、おなじみの植物が。緯度はけっこう高いはずなのに。

近くのテルトル広場では、絵や似顔絵、切り絵などの販売でにぎやか。似顔絵をj描いてもらっている人はたくさんいたけど、私のはなぺちゃな顔立ちでは描いてもらっても切ってもらっても、上手に仕上げてもらうほど切ない出来上がりになるに違いない。「マドモワゼ~ル」と声をかけられても、丁重にお断りしました。

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近くの小学校でしょうか、子供たちが仮装してパレードしていました。復活祭と関係あるのかしら。親たちはみんな、カメラ片手に写真取りまくり。いずこも同じ。

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寺院から離れながら、モンマルトルの通りを散歩。上は、ピカソが住んでいたというアパート。

2、クレープ

この日はディナーを予約してあったため、ランチは軽めにしようとモンマルトルのカフェを探しました。ちょうど入ったカフェで、クレープが塩味と分類されて具がハムやチーズと説明があったので、クレープに初挑戦。

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で、出てきたのがこちら。クレープにハムとチーズをはさんであります。軽め…のつもりが、しっかりになってしまいました。この半分のメニューはないものか。折りしもメルボルンの世界水泳の中継の真っ最中で、テレビは当然フランスの選手ばかりクローズアップします。ちょっとつまんない。

3、オルセー美術館

貴重なフリーの午後、どうしようかと思ったけど、私の知っている作品が多く展示してあるオルセー美術館に行くことにしました。ツアーではないので、どうやって入場券を買うか、個人や団体で入り口はどうなっているかなど不安でしたが、さすが語源が一緒なのでしょうか、フランス語の表示でもけっこうわかりました。英語が世界で最も使われているような印象が強いですが、美術館でこうした表示や各国語のパンフレットを見ると、英語もヨーロッパの言葉の一方言に過ぎないのかもという気がしてきます。

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1階は彫刻のフロアです。

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こんな名画を、間近でゆっくりと鑑賞でき、撮影もできる! 贅沢な時間でした。すばらしい作品がざくざくありますが、美術館の規模が適当なので、時間に追われることなくのんびりと見られるのがよかったかな。

4、いよいよディナー。

一人でも行けるところと思い、旅行会社のおすすめの中から選んで予約を入れてもらいました。ノルマンディーのりんご園からいろいろな食材やシードル(りんごのお酒)を取り寄せて特徴にしているレストランということでした。日本のシードルとは全然違うと聞いていたので、よい機会と思い決定。

たぶん日本人用にということでしょうか、メインダイニングとは別の小部屋に通されました。7時の予約で私が最初のお客。確かに立ち上がりは遅い。ひとりでは間がもたないので、別の部屋にされたのは助かりました。写真も撮れたし。

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前菜です。マロンのクリームスープ。お酒はシードル。

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メインの、川すずきのロティ べトラブソース、セップ茸とりんごのフラン。ソースが微かに甘く、フランはしいたけたっぷりの甘めの茶碗蒸しのような料理。シードルの種類が変わったようでした。

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デザートです。リンゴ、梨、いちじくのサバイヨンソース。とにかく量の多さに圧倒されて敗れました。シードルは3種類目だったのかなあ。この後、カルバドス(りんごのブランデー)も試飲させてもらいました。強烈。

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レストランからの外の風景。8時過ぎで、こんなに明るい! お店のサービスの人は、覚え切っていない日本語で、いっしょうけんめいサービスしてくれました。デザートの頃になると、忘れると「dictionary」と言いながら、にこにことしてポケットからアンチョコを出して話しかけるお茶目な人でした。支配人のような落ち着いた方は、日本語がとてもスムーズ。日本にきっと住んでいたことがありそうでした。

料理よりも、シードルが気に入っちゃった。ジュースのような日本のシードルとは別物。ワインに近いけれどりんごのすきっとした香りが豊かな、大人のアルコール飲料でした。私にしてはけっこう飲みました。パリの夜よ、さようならぁ

そういえば、この日は、オペラ座からの大通りのイタリア通りで、地方から来たと思われるフランス人の女の子に道を聞かれました。何で私に聞くのぉ? 私、おしゃれな日本人旅行者に見えなかった? これまで、北海道に行っても大阪に行っても道をきかれる私ですが、パリで聞かれるとは、記録を伸ばした気分。

ホテルに帰ってから、この日記用のメモを作成。忘れないうちにと思い出していると寝るのが惜しくなり、気づいたら深夜1時半。おやすみなさい。明日は旅行最後の日。

2007年4月16日 (月)

裏通りのレストラン パリ報告第4弾

★3月30日(金)

サンジェルマン、 ベルサイユ宮殿ツアー 

早いものでもう金曜。もう残りは半分もないけれど、日が経ち、道に慣れてくると次々に行きたいところが出てきます。この日は朝から雨。前夜のCNNニュースで予報していた通りとなり、もちろん嬉しくないけど、もう残り時間がないから、ホテルでぬくぬくしているわけにはいきません。幸いに5時半起床で、ようやく本調子になってきました。6時間以上、途切れずに眠れたのは、何ものにも代えがたい喜び! ちょっと雨でも、元気に出かけました。と、思いきや、最高気温は10℃の予報。真冬のよう。ほんと、この通りの厳しさ。手袋を持って行ってよかった。

本日、4日目の目的は、一度も挑戦していないフランス料理のお惣菜をゲットして夕飯にすることと、午後はベルサイユ宮殿の半日ツアーを申し込んでいたので、パリ郊外を楽しむこと。何せ、ベルサイユのばらに小学校高学年の日々は夢中だった世代だから、どんなところやらとわくわくが止まらない。もちろん、オスカルやアンドレは実在の人物ではないのは承知だけど、もしかしたらいたのかも……、かなり懐かしい乙女チックな気分を思い出したのでした。

1、サンジェルマンのショッピングセンター

本当は、ビュッシの市場というところを目指したはずが、いくら歩き回っても見つからず、トイレ優先でとあるショッピングセンターへ。そこには有料のトイレしかなく、これも経験と20サンチームを入れたら、ドアを開けるタイミングを逸して、コインが吸い込まれてしまい、再度入れる羽目に。

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何もフランス語はわからんけど、20サンチーム入れなさいというのはわかりました。このとき、ちょうど2枚持っていて、助かったぁ

トイレが済んでほっとしてショッピングセンターを歩き回っていると、奥に個人商店が集まったような市場風の食品売り場があり、ようやくお惣菜を売っているところを発見。キャロットラペ、ランティーユのサラダ、ラパンのテリーヌなど、フランス料理の本を作るときにさんざんシェフから聞いた料理がずらり。料理の名前も、何とか読め、余裕を持って選ぶことができました。おいしければいいんだけどなあ。

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楽しく迷って買ったのは3種類。左から、ランティーユ(レンズ豆)のサラダ、手前はラパン(うさぎ)のテリーヌ、奥がシュークルートです。

2、買い物のあとは、地下鉄でノートルダム寺院へ移動。

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近くにはセーヌ川が流れ、「Before Sunset」のセリーヌとジェシーのことを思い出して仕方なかった。あの二人は、本当の気持ちをお互いに告げるチャンスはもうないと絶望しながら、この気高いノートルダム寺院をみつめていたんだろうなあ。「Before Sunset」に登場した本屋やカフェ、バラのある公園、セリーヌのアパートなど、もっと調べてから旅立てばよかったとも後悔していました。ちょっとは調べたのですが、ぜんぜんわからなかったの。

3、裏通りのレストラン

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雨の中、少しでもステキなお店をと歩き回り、ようやく意を決して入ったお店。中は20席あるかないかの小さなお店です。必死で覚えたフランス語、「私は定食にします」を言ってしまったため、お店の人はフランス語でメニューのことを流暢に説明してくれ、私はどうしてよいか頭は真っ白に。たぶん口をぽかんと開けてぼうっとしていたと思うけど、そのうち、英語で説明してくれ、安堵しました。このときから、無理にフランス語を使うのに疑問を感じてしまった。もちろん挨拶はボンジュール、ボンソワールと言うけど、そこから先は英語で話す方が先方も誤解しない。そのくらい、パリでは観光客が来そうな場所ではお店の人が英語を話すなあという実感です。お店にも迷惑をかけないで済むし、大事なことは確認できる。進歩のない私の初心者英語ですが、続けていてよかったと心から思いました。

このお店はワインカーブでもあり、ワインの小売もするレストランでした。15ユーロの定食にワインがボトルで付いてきて、そのことをお店の人は説明してくれていたのでした。

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料理はこんな感じ(下手ですんません。図工や美術に自信があった私はもう別人です)。狭い店で、隣は年配のご夫婦、反対側は主婦6人連れに囲まれていたので、写真はやめました。前菜とメイン、あるいはメインとデザートを組み合わせるスタイルで、前菜もメインもデザートも5~6種類から選ぶようになっていました。私が選んだのは、前菜はイワシのリエット。メインは子牛肉を大きいまま煮込んだようなもので、ポ・ト・フの牛肉がどてっとのっかった感じ。肉の上にはポワロー(ねぎ)とほうれん草が茶黒くなるまで煮込んだ状態のものがのっかっていました。付け合せはてんこ盛りのリボン状のパスタ。あー、すべてが3人前はある!

前菜のイワシのリエットは、すり身にイタリアンパセリのような淡い風味のハーブを混ぜ、塩とビネガーで味付けしたもの。かなり酸っぱかったけど、イワシの臭みを上手に消していました。赤ワインとも好相性。でも、それがディッシャーですくったアイスクリーム2個分とたっぷりのブラウンブレッド3枚と一緒なので、それだけでおなかいっぱい。残そうかと思いましたが、でも、なんとか食べた。こんな酸っぱいの、食べるんだなあ。ちょっとクリームが加わるとまろやかでよさそうなのに。半分はもうやけ腹。

食事後、隣のフランス人主婦グループの一人が、前菜は何だったかと(たぶん)聞いてきて、その人なつこさはちょっと意外でした。私は席に座る際、先にいる方に途中から失礼しますという意味で眼で挨拶して座ったのですが、そうすると、食事中にとてもいい雰囲気になるようです。料理が運ばれてくるたびに私はびっくりしてしまうので何か言ってしまうのですが、ふと主婦の人たちをみると、にこやかに笑みを返してくれたり、何かしらと眼が言っていたり。特に微笑み返してもらうと、「召し上がれ」と言ってもらっているようで、一緒にいる空間をお互いに気持ちよいものにする思いやりを感じ、おなかも心も温かくなったのでした。主婦グループの一人が、帰りがけに「あなた日本人なのね」と流暢な日本語で私に言ってきたのには驚きでした。

4、ベルサイユ宮殿半日ツアー

子供時代にあこがれた、ベルばらの世界。まさか実際に訪ねるとは、まるで考えていませんでした。パリの郊外にも行ってみたいと思って参加したのですが、まさかまさか、これが本物~! と、ミーハーになって参加。途中、元ダイアナ妃が自動車事故にあったトンネルを通り、ちょっと感慨あり。

ベルサイユは、まったく緑に囲まれた、お城だけが突然ドーンとあるように思えるのどかな場所でした。もちろんお城は豪華豪華。マリー・アントワネットの寝室なども見学しましたが、こんなに贅沢しちゃ、大衆へ怒るでしょうよと圧倒される贅沢な造り。たった数人の贅沢好みの君主のために、いまとなってはすばらしい芸術が残されているわけだけど、当時の庶民でなくてよかった。

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鏡の間。教科書の写真で見たような気がする。ここで踊ったのね。

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マリー・アントワネットの寝室だそう。すべて刺繍という布や壁紙が、ため息…でした。下は壁紙のアップ。いまだにこの部屋を維持するために、建築費より、刺繍した壁紙代の方がずっと費用がかかるんですって。

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王のカツラの間があったとか、ルイ14世は死後の解剖で胃袋が普通の人の6倍くらいあったとか、王様用の作って残った料理はパリで売って収入の足しにしていたとか、トリビア的な話はよく覚えているのですが、ちゃんとした歴史的な話はかなり忘れてしまった。

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別棟にあったトイレの表示がアートしていて、思わず撮ってしまった。

帰り道に、高速の脇の道路で黒い野うさぎ2匹を発見。こんなところに棲んでいる!「パリ空港の人々」という映画で、空港から出られなくなった旅行者が空港の敷地内にいるうさぎをとって、空港内のレストランに売って現金を得るシーンがあったけど、大げさな話ではないのね。

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さっきまでうさぎがいたかもしれない、高速道路脇の原っぱ。日本と同じような雑草が生えている気がするんだけど。

午前中に買った惣菜と、4分の一おかゆ、昨日の残りのいちご、インスタントの味噌汁で夕食。なかなか複雑なお味でありました。

テレビではなんか見たことのあるキャラクターが。家で息子に聞いたら、NARUTOとのこと。

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地下鉄の駅では、構内に観たことのあるポスターが堂々と。娘に確認したらゲド戦記とのこと。書店に行くと、ワンピースやコナンなど日本のコミックもけっこうありました。考えもしなかったけど、日本のアニメやコミックの海外での売り上げ、フランスはアメリカに次いで2位なんだそうです。絵が美しいって。ただ、今度の大統領の有力候補お二人はあまり日本好きではないらしく、そうした売り上げに影響が出ると心配の声が上がっているとか。どうなるのでしょう。

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疲れて10時半に就寝。もちろん「休息時間」をしっかり貼りました。

2007年4月13日 (金)

幸せなランチに遭遇 パリ報告第3弾

★3月29日(木)

ルーブル美術館ツアー、 マレ地区散策、 国立近代美術館

この日は4時半に起床。やった! 2時間もずれて、いい兆候です。やはり、昨日に陽の光を浴びたことがよかったのかな。

今日は、午前はルーブル美術館の半日ツアー、午後は若者に人気のあるというレ・アール、マレ地区に行くことにしました。パリへのツアーを調べていると、けっこうレ・アール地区のホテルという紹介があって、ちょっと値段設定が高い。いったいどんなところだろうとちょっと興味。

1、ルーブル美術館半日ツアー

初めてパリでツアーに参加。芸術に残念ながらそれほど詳しくはないし、ルーブルの広さは半端じゃないと聞いていたので、ガイドさんが付いた方が楽しめると思ったから。ガイドさんは、たぶんフランス在住の50代くらいの日本女性で、見た目は普通のおばちゃんだけど、はきはき、きびきびした態度と話し方が同性ながら魅力的。きついといえばきついのだけど、はっきりした物言いが好きな私は、服も黒を基調としてスカーフをひらりと巻き、シンプルで素敵。大人の女性の貫禄がある方でした。帰国してからダ・ビンチ・コードを観て、何で先に見てからルーブルに行かなかったのかと反省。ガイドさんの説明、このことだったんだと映像を見ながら思い起こしておりました。もっとロマンチックな気分で楽しめたはずなのに。また、説明を受けながら、ヨーロッパの芸術を楽しむには、キリスト教やユダヤ教、ギリシャ神話などを少しは知らないと近づけないような気がしました。

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彫刻作品は撮影可で、そのおおらかさにびっくり。日本では模写もダメなところが多いから、そういうもんだと思っていたので。許可をとって模写をしている方が数人いました。画家の卵さんでしょうか。

さすがにモナリザの前は人が大勢詰めかけ、なかなか近づけない状態でした。ヨーロッパ中から人が来ているということで、聞こえてくる言葉はいろいろあり過ぎて、何語かぜんぜんわからなかった。東京で開かれたゴッホ展みたいな騒ぎ。そう、世界のルーブルといえど、東京の人気のある催しものの混雑ぶりに比べたら、モナリザ以外は、まだまだゆとりを持って鑑賞ができ、全体的に混んでいないのにちょっと拍子抜けしました。私がたまたま平日に行ったせいかもしれないけれど、日本でのゴッホ展は、平日に前売りチケットを持って行ったのに、入場にも中で見るのもすごい行列。しかもゴッホの絵にはちっとも近づけず、さらに来ている人に譲り合って観るというマナーがないことも憤慨しておりました。フランスでは、モナリザはもちろん、他の名画や名作はすべて間近、真ん前で鑑賞してきました。モナリザは、とても絵画と思えなかった。彫刻が中にちょこんとあるような、存在感や厚みを感じました。

参加してよかったなあと思ったのは、ガイドさんの説明がわかりやすかったこと。餅は餅屋です。何がどう評価されているか、どういう決まりごとがあるのかなど細かく教えてくれ、そういう味方をするとこういう評価になるのねと、ちょっと納得。

昼ごろ解散となり、あとは自由行動。いっちょ、ひとりで行くかとまだ回っていないところを目指したのですが、やはりすぐ「ここはどこ?」。あっけなく、迷子に。案内図を見ていても、実際は2階といっても、さらにアップダウンがあり、回廊が多いので、わからなくなってしまうのです。1時間、鑑賞というより居場所を確認するのに必死になって歩き回って退散。

2、マレ地区でようやく幸せなランチに出会う

地下鉄でマレ地区へ移動。本当はクスクスを食べてみたくて、駅から近いはずのモロッコ料理の店をチェックしてあったのだけど、通りを見つけられず断念。フランス料理のまかないの本の仕事をするまで知らなかったのだけど、クスクスって、フランス人にとっては日本人のカレーライスみたいなものなんだって。つまり、国民食。シェフが言ってた。お目当ての店は見つけられなかったけど、おかげで、思い切って入ったLa Galtouseというお店で、ほっとする味と、温かいサービスを楽しむことができた。

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これはplaと言って、主菜。鶏胸肉をタンドーリチキンのようにスパイシーに焼いたもの。付け合せは、ナスやピーマン、ズッキーニなどをカレー粉をかすかに効かせて煮込んだ、ラタトウィユ風。おなかがすいてたし、油っこくなかったし、何よりおいしかったので、ばくばく食べてしまいました。皿の右奥が、パナシェ。本来は夏に楽しむものらしいけど注文しちゃった。ビールのレモネード割りということです。軽くて、甘くて、ぐいぐいと飲んでしまいました。お代わりしたかった……

そういえば、この主菜の前に、前菜として野菜のスープがあったのですが、写真のことも忘れて食べ尽くしてしまいました。いちょう切りにした人参とじゃがいもが入っていて、野菜の甘みがよく出たスープでした。ブイヨン(調味料)は使っていない家庭的な味で、野菜をバターでよ~く炒めることで出した甘みのよう。素朴なんだけど、飽きないやさしい味。もう一度食べたい 量が多いのを見るだけでおなかがいっぱいになる経済的な私にとって、量もちょうどよく、食が進みました。スープの写真を撮っていないのがどうにも残念だったけど、その器が、柳舘シェフがフランスでよく使っていると教えてくれたのも全く同じもの。もちろんシェフの話を疑っていたわけじゃないけど、仕事で聞いた話のあれこれを実際に目で見て味わえたランチでした。

ここのサービスの男性は、とにかくニコニコ、愛想がよく、しょっちゅうテーブルを回って来ては、「ボナペティ」とか「トレビアン」とか声をかけてきて、楽しい雰囲気を作り出してくれました。一人でだまって食事するより、楽しく、おいしく、もちろん彼は仕事なんだけど、でも気持ちが温かくなりました。幸いだったのは、英語で説明してくれたこと。観光地ではもちろん、そうじゃないところでも接客に携わる若い人は英語を使う人が多く、そういえば、食事に行った店で英語が通じないところはディナーに挑戦した店くらい。でも、そこでは日本語が通じましたが!

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カーテンのタッセルのお店。美しくて見とれてしまいました。手仕事の美しいものは、用途が何であれ、人の目をひきつけます。

3、ポンピドウ文化センターの、国立近代美術館へ

同じくマレ地区にある国立近代美術館がけっこうおすすめと聞いたので、寄ることにしました。規模はそれほど大きくないのですが、現代アートを中心としたコレクションは私にとっては躍動感があって親しみも感じるような作品が多く、難解なものが多いのではと心配していた先入観を楽しく裏切ってくれました。楽しめました!

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見ているだけでも楽しい。

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どうしてかわかりませんが、気に入った作品。

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ぼけてしまいました(泣)。見たとたん、息子が見たら喜ぶだろうなと笑みがこみあげた作品。現代アートって、こんなに親しみがあるものなんだと発見。

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最も気に入った絵。ワケは不明。でも、背中が何かを私に語りかけてきました。

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マチスの作品が! 著名なアーティストの作品をさりげなく展示している、肩の凝らない美術館でした。

夕ご飯

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日本のよりひと回りくらい大きめのパックに入ったイチゴ君(2~4ユーロくらい)と、トマト、りんご(これはカナダ産)。イチゴは底面の方が傷んでいた(怒)。八百屋さんから買う場合は、自分では手に取れないらしいので、買うときに確かめられないんです。他は、ラベルクッカーでおかゆを炊き、梅干を混ぜて胃をくつろがせました。そうだ、サラダ用の葉っぱのセットを買って来て、オイルと塩で調味して、山盛り食べました。オイルは、シェフの調理場でよく見たクルミオイル。塩は機内食に付いていたのをもらってきたもの。役立ちました。毎日3食ともあれこれ挑戦するつもりでしたが、現実は貧弱な胃袋でまるで思うように食べられません。昼に出されただけ食べると、一日中歩いているのに、おなかも減らない。食事は料理そのものの魅力も大事だけど、誰かとにぎやかに楽しく味わう雰囲気がないと、食欲そのものが沸いてこなんだと、いまさらながら感じました。

●役立ったもの6 塩。まさかホテルの部屋でサラダを作るとは思いませんでしたが。次回は、醤油とビネガーを絶対持って行きます。

●役立ったもの7 台所の三角コーナーに使う水はけのよい穴あき袋。イチゴや野菜を洗うときのザル代わりになりました。洗面台に生ゴミの気配があったらまずいと思い持っていったのですが、使わなければ緩衝材になるし、我ながら役立つものを持って行ったと自負。実はタッパーをひとつ持っていって皿にしていたのですが、使い捨てのものを現地で買えばよかった。わびし過ぎました。とほ

2007年4月11日 (水)

何もかもが初めて尽くし パリ報告第2弾

★3月28日(水)

ムフタール市場、 ボン・マルシェ、 カー・ルージュの周遊、 マイバス社

ふと目覚めると早朝2時。あ~あ、時差ボケ。今回も。日本では、横になると3分以内に爆睡してしまうけど、そのお仕置きか、海外では睡眠を直撃されます。またかと正直がっかりしましたが、これも自分のからだの個性。今回も私の時差ボケは、頑固に続くのかな。それはそれで筋が通っている。ふと、システム思考や彼女独自の時間管理法を朝2時起きの日々から生み出した、同時通訳&環境ジャーナリストの枝広淳子さんのことを思い出しました。彼女のように頭が働けばよいけど……いろいろ考えているうちに再寝。

朝5時半からはもう眠れず起床。どこに行って何をするか、朝食前までに決めることにしました。恥ずかしながら、このとき初めてガイドブック(地球の歩き方)を真剣に読み始め、具体的な行き先を探した次第。飛行機の手荷物にも入れ忘れ、こんなぎりぎりで読む羽目になるとは……。もちろん一度は目を通したけど、でも、細かい字と地図と観光名所の写真が洪水のように迫ってきて、地図酔いを起こしました。この辺の集中力のなさ、歳のせいかなあ。

この日にやることにしたのは、 1、ムフタール市場に行く  2、ボン・マルシェ(世界で最も古い百貨店だそうです)で手芸用品や布地を見る  3、ツアー会社でツアーを予約する 4 カー・ルージュという観光客用2階建てバスでパリ市内を周遊する  5、昼にどこかの店で初外食をする の4つ です。

日本で準備しているときは、すべて歩く覚悟でしたが、いま思うとなんという無謀な試み。たぶん一日で足が痛み、翌日はギブアップだったことでしょう。同じツアーの人の会話を聞いていると、思いのほか、他の日本人旅行客はどんどん地下鉄に乗っていることがわかり、絶対乗らないのはやめることにしました。ただ、途中で地図を広げていかにもたよりない旅行者と思われたら危険なので、毎朝1時間くらいかけてポストイットにメモを作ってはり、ちらちら見ながら乗っておりました。

●役立ったもの1 ポストイット 

ホテルは朝食付き。コンチネンタルスタイルで、ビュッフェ式。3種類ほどのパン、ジャンボンというベーコン3枚分くらいのつなげた幅のハム、チーズ2種類、ヨーグルト、フルーツカクテル、シリアル、オレンジジュースがありました。飲み物は、コーヒーとミルクを持った従業員の人が回ってきて淹れてくれます。感心したのは、パンのおいしさ。バケットやクロワッサンは温かくなくて孤独な口あたりでしたが、香ばしく、さすがと感じていました。

1、ムフタール市場

地下鉄を乗り継いで到着。地下鉄は初めて乗ったので、降り方(自動では開かず、降りる人がボタンを押す)を失敗しないよう、周囲の人の様子を真剣に観察。ああやるのかとひと安心していたら、乗り換えた電車にはボタンではなくハンドルが……どうしたらいいの~と戸惑っていると、近くにいた方が、すぐ、助けてくれました。メルシィ。パリの地下鉄は均一料金のためか、最初の自動改札で切符にマークは入れけれど、降りる際の回収はなし。ごみ箱もなし。合理的といえばそうかな。

大通りに市場の方向を示す看板があり、すぐ到着。まだ10時前で地元の人がけっこう買出しに来ていました。まず目に入ったのが八百屋と果物屋。なすやピーマンなど見慣れたやしがあるものの、野菜がどれも大きい。葉っぱ類の種類が豊富です。セロリラブやべトラブがごろんごろん売っていて、アスパラガスが直径10センチくらいの束になっている。豪快! お世話になったフレンチの柳舘シェフが言った通りだ! よく見ると鮮度はウームという感じでしたが、それでもスーパーよりはよさそう。果物は全体的に安い印象でした。リンゴやイチゴ、ベリー類、マンダリンオレンジなどの柑橘類が真っ盛りという印象です。

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魚屋さん。店の奥では二人ほどのスタッフが忙しく魚をおろしていて、その手前には姿の魚や、内臓をはずした魚が並んでいました。タラの種類が多かったように思います。マスのような魚、タイのような魚もあったような。手前のショーケースは、フィレにおろしたもの、塩蔵品や魚のスープの瓶詰め、数種類の海老。下の写真は、店の左側にあった貝類。カキとムール貝はすぐわかりましたが、他の貝は、読んでもわからん。それでも種類は豊富で。買いたかったなあ。やはり無理してでも、キッチン付きのホテルにすればよかったかなあ。

不思議に思ったのは、内臓や骨をはずした魚の陳列の仕方。日本では、内臓を取ったら再び姿の形にととのえて並べると思うのですが、フランスでは、どの店も、内臓を取って掃除したところを見せるかのごとく、がばっと開いて並べているのです。鮮度が落ちるのではと思えたのですが、聞きたくてもフランス語が1歳児以下なので聞けず。下も魚屋さん。

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これはチーズ屋さんとワイン屋さん。種類が多いし、価格もピンキリ。どうやら観光客が多い場所らしく、写真を撮っている人は他にもみかけました。カメラは、断然日本製を皆が持っている。一眼レフにしても、コンパクトカメラにしても、キャノン、ニコンがとにかく多かった。

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これはオリーブの実屋さん。(たぶん、ちゃんとフランス語で言い方があるのでしょうが、こうしか書けない)お店の人が、撮っていいよと言ったので、アップで撮らせてもらいました。オリーブの実は、日本では似たような種類の瓶詰めしか見かけませんが、こんなに実の大きさも、価格もずいぶんと違う。これも、柳舘シェフの言ったとおり。高いものは、味も別格で、日本で食べられるのとは別物だよって。一番人気があっておいしいのはどれ?って聞きたかった。

2、ル・ボン・マルシェ

ボンマルシェは、パリ最古と言われる1852年にできた百貨店。店内に布地や手芸用品の売り場があって、そこが面白いと雑誌の記事でみつけたので行ってみました。ボタンや手芸糸が種類が豊富で華麗。子供服用のボタンなど、車や花やいろいろなデザインのものが小さな宝石のような造りで、安っぽいプラスチックでないところがパリっぽかった。刺繍をする材料セットがあるのは日本と同じだなあカーテンのタッセルや飾り紐は芸術品。欲しくなったけど、ひとつが30~80ユーロするのと、いまの我が家には浮くことがわかりきっていたので断念。他のフロアでは台所用品やリネンなどを見ました。ル・クルーゼやクリステルの鍋は、フランスでも高かった。100ユーロは当たり前って印象です。ここでがんばって買って重いのを運ぶより、日本で割高で買う方がきっと賢い。

3、マイバス社へ行く

日本でいろいろ調べたら、パリでのツアーはどの旅行会社もマイバス社に委託しているような様子だったので、最初から日本でなく現地で申し込むことにしていました。ガイドブックでも、前日の夕方5時までに申し込めばよいとあったので直接行く事に。最初に決めていたランスへの日帰り一日ツアーは、なんと、ガイドブックや旅行会社のパンフレットには掲載されているものの、実は3月は実施してないとのこと。残念! せっかくだからワイン関連の場所に行きたかったのに。他を探し、ワイン博物館を訪ねるツアーもみつけたけど、よくよく見るとやはり3月はなし。結局、ルーブル美術館の半日ツアーと、ベルサイユ宮殿の半日ツアーに切り替えることに。でも、そこで突き当たったのがストライキという壁。ベルサイユ宮殿で、このところ午前中ストライキが起きていて、私の希望する日もあり得るとのこと。迷っていると、「午後ならたぶん大丈夫ですよ。午前中ストライキをしても、11時ごろ解除して午後は通常通りということが多いんです。それから土日はアルバイトが働くので、ストライキはありません。土曜日はいかがですか?」 フランスのストライキって、どうやら私の持っている、決死の訴えのイメージとはだいぶ違うみたい。びら配りのようなもの?

4、カフェでランチ

初めてのパリでの外食! このときを待っていました! どうやって注文するか心はどきどきでしたが、とにかく入って食べてみたかった。まずは店頭のメニューを見て、内容をチェック……しましたが、読めない。わからない。それでは注文できない。もっと勉強しておけばよかったけど、あとの祭り。カフェもブラッセリーも至るところにあるのに、読めるメニュー表を出している店は少なかった。小一時間歩き回り、ようやくプーレ・ロティ(鶏の丸焼き)とかステック・フリット(牛ステーキとフライドポテト)などわかるメニューが書いている店を発見。しかも入ると、ウェイターの人が、日本語のメニューがあると言ってくれる。ラッキー! 渡りに船でした。 そしてありついたのが、これ。写真がないのでメモで。

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半端じゃないです、肉もポテトも量が。おいしいとかどうという以前に、見ただけでおなかがいっぱいになってしまっただらしない私。今度ダイエットするときは、この手を使えばいいのだわ。食べ始めると、骨付きの肉をどうやってフォーク・ナイフで美しく食べればよいか悩んでしまいました。こんなことは今までなかったもの。周囲を見たのですが、山盛りサラダのような一品や、コーヒーだけといった人が多く、骨付き肉と格闘しているのは私だけ。食べ方までは準備する項目に入ってなかった。ワインを追加でオーダーしたのですが、ハウスワインと言ってしまったため通じず(メゾンと言えばよかったらしい)、出てきたのを適当に飲んでいたら、あとでお勘定を見ると、1杯6ユーロ(900円!)のシャブリ。え~と裏切られた気分。でjも、メニュー表を請求しなかった私の失敗。この経験で、メニューを見せてもらうこと、レシートを丁寧に確認するようになりました。あーおなかが苦しい。ポテトはしばらく見たくない。

5、カー・ルージュでパリを周遊

申し込んだ旅行社のサービスの中に、パリの主だった名所を通る観光バスを自由に乗り降りできるチケットがあり、のんびりと景色を楽しむことにしました。2階建てで、ちょっと見はロンドンのダブルデッガーのよう。さっそく2階席に座り、オペラ座、凱旋門、エッフェル塔、セーヌ川、ノートルダム寺院、コンコルド広場、ルーブルなど、代表的な建物や広場を見ているうちに、パリにいるんだなという気分がいやでも盛り上がります。たくさんある広場では、車の運転に眼が釘付け! 車線がないところを4~6車線分の車がぐるぐる回り、さらに放射状に延びている道路から、車が合流してきて、また、出て行く。どこをどう見て運転しているのだろう。私ならとても入れないし出られない。回っている縄跳びに入るような気分かしら。日本なら、たぶん車線を引いてしまうだろうなl。

7時を過ぎたので、帰ることに。オペラ座からホテルまで地下鉄でたった2駅なので、歩くことにしました。通りには必ず名前が表示されているから便利ですと旅行会社の人もガイドブックも言うのですが、必死になるほど表示が見つからないもの。上ばかり見上げ、ふらふらとさまよい、何とか宿に戻りました。とにかく8時半ころまで明るいので、5時、6時では帰る気にならず、その雰囲気の違いも驚き。夜が長ければ、仕事帰りにどこか寄ったり、夕食をゆっくり食べたりするようになるのが普通なのでしょうね。それだから、朝食が食べられなくなり、簡単になるのかも知れません。

帰ってすぐお風呂。一日中緊張しているせいか、お風呂のリラックスタイムは、何よりもくつろげる時間でした。幸い横になれるバスタブだったのでついつ長風呂に。でも、いくら長く入っていても、誰にも文句は言われないし、やらなきゃいけないことが後にないので、極楽、極楽。 

●役立ったもの2 入浴剤 

●役立ったもの3 休足時間のような、足の疲れを取るシート

●役立ったもの4、部分的に圧力の違う、足が疲れない靴下。毎日歩いているので足はパンパン。でもシートとソックスのおかげで、翌日に疲れが出ず、毎日歩けました。

ランチが遅め&たっぷりだったので、夕食はりんごや持参したラーメンで済ませました。万が一用に持ってきたトラベルクッカー、早々に登場。でも、ありがたや。

●役立ったもの5 トラベルクッカー。使うかなあと思って持って行きましたが、ラーメンやスープ、おかゆなど、体にやさしい食べ物をたくさん生み出してくれました。

2007年4月 5日 (木)

無事、帰国! 第1弾

どうなることやらと思っていたパリ旅行ですが、無事、日程どおりに終えて帰って来ました。言葉ができないとどうなるんだろう、ちゃんと食べ物を買えるんだろうか、フランス人は英語で尋ねてもフランス語で返してくるというから困ったときどうしよう、やっぱり携帯かパソコンを持参すべきか……と、尽きぬ不安を抱えながら、実は出発直前まで、迷っていた次第。

でも、行ってよかった。本当によかった。

私が過ごした濃い一週間を、時間の経過を追って、お伝えします。

★3月27日 (火) 成田を出発

カッコよく、エールフランスなぞに乗ってみたかったが、料金が高いのと、見栄を張っても仕方ないという現実的な理由から、ANAで。ANAの欧州便は、全席に各自が映画や音楽を楽しめるモニターがあり、前回にイングランドに行ったときは行きだけで5本を見た(絶えず見てしまった)ので楽しみにしていたが、今回はあまりプログラムが魅力的でない。さらに、前席の人が腰が痛いという理由で異様に席を倒してくる。彼女もつらいだろうからあまり文句を言うのもどうかと思い、アテンダントに言って空いている席に移らせてもらい、「007カジノロワイヤル」(ついバトルロワイヤルと言ってしまう)、「Night Museum」を鑑賞する。しかし、今度は隣のおっさんが、エロ本を読んでいるのに気づき、害はないのだけど雰囲気を壊された気分。文庫本だから小さい文字なのに、こういうときは、スゴイ単語がすぐ読み取れちゃうんだな。とても書けません。片側には奥さん(たぶん)、片側には私がいるのだから、やめて欲しかったわ。

搭乗は11時00時。離陸とともにパリの時間に時計を合わせた。現地は午前2時半過ぎ。少しでも時差ぼけを防ぐため、最初はまずパリの時間に合わせ、深夜なのだから睡眠をとることにした。そうだ、早朝の4時に起き、5時半の電車に乗るために、普段ならバスに乗る道を、まだバスが走っていないから歩いたんだった。タクシー代は節約。ケチな旅は、この時点から気を抜かずに始めていた。これも、ツアーに空港までの荷物往復代にできる買い物券が入っていたおかげで、600円を加算したけれどとても助かった。駅までの道では、とにかく寝坊の私が一人で朝4時に起きて出かけられてほっとしていたのを覚えている。子供は前日のうちに実家に預けていた。子供は、私との別れなんてぜーんぜん気にしていなかった。私はひたすら自分の旅が心配で、子供に頼んでお守りを作ってもらい、しっかり身に着けるほどだったのに。

ツアーゆえ、後部席に押し込まれてやはり恵まれた席とはいえなかったけど、ともかく、無事にシャルル・ド・ゴール・空港に到着。全体的に古く、コンクリート打ちっぱなしという印象。荷物を引き取ろうと待っていると、かなり傾斜のついたベルトコンベアーから、ごろんごろんと豪快に荷物が転がってくる。今にもバリッと割れるのではと思うほどで、まずこれに、フランスって何?……と感じてしまった私。

旅行社の用意してくれたミニバンに乗り、ホテルへ。途中の道路でまず驚いたのが、車がルノーが圧倒的に多いこと。当然、フランスだからなんだけど、イングランドでも、オーストラリアでも、5割近くは日本車という印象だったので、日本車はどこ?とつい探してしまった。その中でようやく見つけたのが、マーチだ。イングランドと同じく、MICRAの名前が付いている。とにかく小型車が多い。

いよいよホテル。入り口のロビーはとってもお洒落な雰囲気。まずまずかしらと思う。パリの旅行会社の人がチェックインしてくれ、部屋へ。エレベーターが妙にがたがたして、止まりそう。不安。機械類、整備はどうなっているのかしら。

ともかく、ここから私のパリの一週間が始まった。

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気に入ったのは、このクローゼット。私が鏡に映り込んでいるけど、その鏡は引き戸になっているクローゼットの扉。引き戸の右半分は、写真で見えているように棚になっていて5段あった。引き戸の左半分はの扉で見えないけど、服が吊るせる。棚と鏡が組み合わさったことに、感動。とても使いやすかった。

荷物を開き、時間は夜8時近く。それでも外は明るい!! どう見てもまだ夕方。 日本の5~6時くらい。とても夕食という雰囲気ではなかったけれど、食料や水を調達しに、旅行会社の人から教わった、近くのshopiというスーパー出かけて初買い物。自分で袋に詰めなきゃいけないのが最初わからず、ベルトコンベアーから流れた食料品がごろごろと音を立ててころがっていき、店員さんが、笑いながら袋に詰めてくれた。その屈託のない笑顔を見て、かなり緊張がほぐれたなあ。バカにされなくてうれしかった。ごめんなさいを言うつもりが、いつの間にか頭を下げて、日本式の挨拶になってしまっていた。まだ口からさらりとフランス語の挨拶は出てこない。

店には最低限のものはあったけど、残念ながら温かいお惣菜などはなく、初日から冷たいサラダや缶詰の覚悟をしていたものの、どうしてもいやだったので、ともかく街に出ることに。ホテルを見失わないように歩いているうちに、中華のテイクアウトの店を発見。イートインのお客が何人もいた。初日からフランス料理のお惣菜で決めたかったけれど、早くお風呂に入りたかったので、中華に決まり。もやし炒め100gと、豚肉の串焼き1本を買う。覚えてきた「サングラム、シルブプレ(100g下さい)」が、本当にいきなり役立ったよ、小笠原さん!! お店の人がレンジで温めてくれ、そんなことがたまらなくうれしかった。

もしかしたら合流できるかもと話をしていた、イングランド在住の知り合いから電話をもらった。結局彼女は来れなかったのだけど、私が不安を感じているのを察していろいろ励ましてくれる。彼女は日本人で、彼女のご主人はイングランド人。そのご主人と父君によると、日本人がフランス人は冷たいとがっかりするというニュースを見聞きしたとかで、「どうして日本人はフランス人に期待するのかなあ。だってフランス人だよ」と、言ったとか。フランス人に対して歴史的に因縁のあるイングランド人ならではのご意見。まったく楽しくて、なるようになるさとちょっと心が軽くなった。さて、パリの街とフランスの人たちは、私をどう受け止めてくれるだろうか。

2007年3月26日 (月)

いよいよ!

 とうとう明日出発。事前に調べてもっと勉強しておくはずが、まるで予定通りには進まなかった。せっかくの機会なのに、と思う気持ちと、気負わずに出会いを楽しもうという気持ちとが、どちらにも行き場が決められなくて宙ぶらりん。

 私なりに楽しめますように。素直な気持ちでいろいろと発見できますように。まずは、市場、食材屋、惣菜屋、カフェ、ビストロ、定食屋、レストラン。そして文房具屋、布地屋。お天気が味方してくれますように。時差ぼけが軽く済みますように!!

2007年3月20日 (火)

日程確定

よく考えたら、今月27日に渡仏なのに、まだ旅行会社から日程の連絡がない。そういえば、さっき申し込んだ旅行保険の人も、もう一週間しかありませんから急いで証券お送りますねとあたふたした様子で、それで、あと一週間ということを思い出した。どうしよう?! 

旅行会社の人は「旅行日程が決まるまで、これまで最も遅れたのでは出発の3日前がありました」と、すまなそうに不吉な予告をしてくれたものだから、こりゃあ来週かなと思っていたら、子供が「誰か来てるよ。ピンポンって鳴らなかったけど」とインターフォンを指している。宅急便のおじさんだった。書類らしきもの受け取り、見ると旅行会社。やった、来た!

何しろ貧乏旅行だから、ホテルは指定できないプランに申し込んでいて、これでようやく確定した。もしかしたらパリで合流できるかもと言っている知り合いにも、やっと連絡できる。届いた資料や地図を見て、これまでぼちぼち調べてきたことが全然頭に残っていないことも発見してしまった。マリー・アントワネットが処刑された広場とか、幽閉された場所とか「行ってみたーい!」とチェックしたはずなのに、地図を見たとたんまっさらになってしまった。また調べ直し?! こんなんじゃ……

いまの心配事は、日本を発ち、夕方パリに着いたその日の夕食をどうするかだ。日が暮れてから買出しに行けるものだろうか。どこも早く閉まってしまいそうだし、何しろ土地勘もまだないに違いない。日本でも、方向音痴に自信があるくらいだ。いきなり、現地の案内人に「どこのスーパーで夕ご飯買えますか?」と聞いてよいものだろうか。日本から、カロリーメイトとかリンゴとか持っていったほうがよいのかしらん?不安は募る。

そうだ、とうとう、トラベルクッカーも注文してしまった。フランス語、全然できない。もしかしたら、何も買えないかも……無事に買えても、胃袋へたっちゃうかも……とのことで、購入を決意。ご飯とラーメン、お茶、梅干も必要になった。以前イングランドに行ったとき、何一つ和食を持たず、向こうの文化に浸かろうと決意したあの志はもうない。でも、イングランドでよくがんばったよ、私。料理下手でベジタリアンの家にステイしちゃったんだもの。昼に外のレストランで食べたら、イングランド料理はちゃんとおいしいと思ってしまったくらいだ。 帰ってきたら、体重も1・5キロ減っていたし。

トラベルクッカーには、A、B、Cの3タイプのコンセントのソケットがセットされていたのだけど、万が一を考え、フランスで他にあり得るSEというタイプも今日別に注文。そしたら、夕方届いた旅行日程の中に、ホテルのコンセントはC型とわざわざ書いてある。数時間の差で、要らないものを注文してしまった。こういうときの数百円は、何て惜しいのだろう。ソケットをの注文先にキャンセルのメールを送ろうとしたら、もう手配済みのメールが来ていた。明日届くとのこと。こういうときの手配って、何かスムーズ過ぎるわ。

2007年2月18日 (日)

行かないでは済まない

 なんといま、パリへの旅行を計画中だ。昨年携わったフランス料理の本で、あまりにもフランス料理のこと、フランスのことを知らないために、原稿を書くにかけない悔しさを半年ほど味わったためだ。そのまとまったお金があれば、有名なフレンチのレストランで何度も食事ができるとも考えたけど、日本でフランス料理を味わう限界のようなものをなんとなく感じ、まずは一度行かないと気が済まない予感がする。

 私が悔しさというか敗北感のような気持ちの中で取り組んだフランス料理の本は、私にとっては3冊目でフランス料理は決して初めてではなかったけど、同じシェフと3冊め、しかもソースという体系的な理解がないと太刀打ちできないテーマだったゆえ、これまでの取材のやりかたや、私が勉強してきたものが問われるようなものだった。それがまるでできていなかった。

 フランス料理の中でも、2冊目に作った本は、フレンチレストランのまかない料理をテーマにしたもので、料理本の中でもなかなか目が留まりにくいものだと思うが、私はこの仕事で、フランス料理が身近になり、その発想や考え方、何よりも食べることを大事にするお国柄を意識した。ただじゃがいもを細く切ってハッシュドポテトのように焼くだけなのに、じゃがいもの切り方は、まるで刺身につける大根のつまのように繊細でていねい。アメリカンスタイルのハッシュドポテトとはもう別物だ。ゆで卵とマヨネーズを和えただけのおかずとは呼べないパン向けの料理も、マヨネーズが手作りだから、これまで食べてきた卵とマヨネーズのペーストと同じに扱えない。マヨネーズを手作りするのは、高級レストランではもちろん、ビストロや定食屋では当たり前と聞いた(第一の理由は、買うより安いからだが)。便利さよりもそれまでのやり方を変えない頑固さがなければ、簡単に既製品を利用したくなるもの。料理への頑固さは、ときとして料理のおいしさ維持する重要な要素だと私は信じるので、その頑固さを維持している国に、興味を持っている。

 ひとりで、しかも言葉がしゃべれず、ホームステイでもなくホテル暮らしでは、もしかしたら思うように買ったり食べたりできないかも知れない。フランス人と接する機会がないのなら無駄なお金の使い方かも知れない。でも、自分で歩いてみて、暮らしや生活を感じたい。イングランドに行ったとき、家族を持ち、生活者として地に足のついた暮らしを送る立場にで旅行をしたせいか、信号機ひとつ、ゴミ箱ひとつ、小学校の様子見るものすべてが面白かった。そうした実感を何か感じることが、大きな目的だ。

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